合理的な判断・行動をどう維持するか?

ドイツ・フランクフルト大学の国際的研究拠点(「エクセレンスクラスター」)で研究プロジェクト「規範秩序の形成」(※)を主導する政治哲学者、ライナー・フォアストが、Covid-19のまん延する社会では何が合理的な行動なのか、判断することが難しいと述べています。

https://www.normativeorders.net/de/presse/medienecho/40-presse/presse-echo/7705-die-feier-der-irrationalitaet

「パニック買い(Hamsterkauf)、握手拒否、イベント中止、在宅勤務の強制、…コロナウイルスに直面する私たちの振舞いは、十分合理的なものでしょうか、それとも世の中は単にヒステリー状態に陥っているに過ぎないのでしょうか。」

こうした問いかけに対しフォアストは、平時では合理的な行動と非合理な行動との区別が容易であるのに対し、「コロナウイルスのケースでは、事の次第がわからないため、世の中が狂いヒステリー状態になっているのか確かめるすべがないという、集団的な不確実状態となっている」と答えています。

近代的な生活様式が当たり前のものとなるなか、その当たり前のことへの信頼(「システムへの信頼」Systemvertrauen)がいままさに揺らいでいるとも述べられています。人、モノの行き来が制約されるため、輸出入に大きく依存する生産活動もいつまで安定的に行われるかも確実にはわからないという状況に置かれています。

「啓蒙的立場からの後退が潮流となる中、合理性への信頼は揺らぎませんか?」との問いに対しては「ほかの選択肢はない」としたうえで、大規模イベントの中止、航空機減便等につきその「合理性」は、よほどの陰謀論者でもない限り信頼せざるを得ないとしています。

現在の状況は「自然状態」(≒無秩序・無政府状態)といえるようなものではないが、「システム危機」だとのことです。こうした状況では、情報の確実性がゆらぐなか、科学への不信、陰謀論を警戒しつつ、各自が適切と思われる行動を選択するほかない、との結論が下されています。「死者が増加するなか、大規模イベントに参加することは、そこで感染した場合、死を意味することもあり得る。状況を注視しなければならない。」

フォアストにとって注目しなければならないのは、「システム危機」が「自然状態」に転化するのかどうか、という点のようです。システム危機にある現時点は、合理的判断と非合理主義との区別の規準が揺らいでいます。これに対し自然状態では、その基準が消え去り、陰謀論やデマの類がまかりとおることになります。いまはその分岐点にあるとの見立てなのです。

 

※ 参考

ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp