ガザ問題への哲学からのアプローチ(メモ)

グテーレス国連事務総長の声明。

Secretary-General's remarks to the Security Council - on the situation in the Middle East, including the Palestinian Question [bilingual as delivered; scroll down for all-English ] | United Nations Secretary-General

・大勢の死者と難民

・水、食料、燃料、電気、医薬品の欠乏

・不衛生な避難所

・大半の避難民の飢餓

医療崩壊

国連憲章99条(「事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる。」)に基づく、安保理による人道的停戦要求への要請は当然である。

国連事務総長 安保理に停戦求めるよう要請 国連憲章99条基づき | NHK | イスラエル・パレスチナ

停戦要求決議案は、英の棄権、米の拒否権発動により否決。

安保理 ガザ地区の停戦決議 アメリカ拒否権で否決 | NHK | 国連安全保障理事会

事務総長の声明には、「集団的懲罰」の非難が含まれている。

イスラエルが、10月7日にハマスや他のパレスチナ武装勢力によって解き放たれた残忍なテロ攻撃に呼応して軍事作戦を開始したことは、周知の事実です。

私はこれらの〔パレスチナ武装勢力による〕攻撃を無条件に非難します。性暴力の報道に愕然としています。

33人の子供を含む約1200人を故意に殺害し、数千人を負傷させ、数百人を人質に取ったことを正当化する理由はない。

約130人の人質が今も拘束されている。私は、彼らの即時かつ無条件の釈放と、彼らが解放されるまでの人道的な扱いと赤十字国際委員会の訪問を求めます。

同時に、ハマスが犯した残虐行為は、パレスチナ人民の集団的懲罰を正当化することはできない

また、ハマスによるイスラエルへの無差別ロケット弾の発射や、民間人を人間の盾として使うことは、戦時国際法違反であるが、そのような行為は、イスラエル自身の違反を免責するものではない

国際人道法には、文民を保護し、区別、均衡、予防の原則〔principles of distinction, proportionality and precaution〕を遵守する義務が含まれている。

また、戦時国際法は、人道支援物資の円滑な提供を促進することを含め、民間人の基本的なニーズを満たさなければならないと定めている。

国際人道法は選択的に適用することはできない。それは常にすべての当事者を平等に拘束し、それを遵守する義務は相互主義に依存しません。〔International humanitarian law cannot be applied selectively. It is binding on all parties equally at all times, and the obligation to observe it does not depend on reciprocity. 〕

最後の「国際人道法は選択的に適用することはできない」「それを遵守する義務は相互主義に依存しない」というのは、国際人道法は先方が違反したとしても、それによって当方の遵守義務を免除するものではない、ということを述べたものだ。

さて、この間、哲学者はどのような反応を示してきたか。

まずは、米国の哲学者ジュディス・バトラーを含むユダヤ系知識人らの、バイデン大統領への公開書簡(10/19付)。

Open letter to President Biden: we call for a ceasefire now | Judith Butler, Masha Gessen, Rachel Kushner, Ben Lerner, V (formerly Eve Ensler) and others | The Guardian

私たちはイスラエルパレスチナの民間人に対する攻撃を非難します。私たちは、ハマスの行動を非難し、なおかつ〔同時に〕パレスチナ人に対する歴史的かつ現在も続く抑圧を認識することが可能であり、また実際に必要であると信じています。私たちは、ハマスの攻撃を非難し、なおかつ〔同時に〕私たちが執筆している間に展開され、加速しているガザ人への集団的懲罰に対して立ち向かうことが可能であり、必要であると信じています。

集団的懲罰の非難を、筆者らは国連事務総長と共有する。だが、〔10/7の越境攻撃の「前史」としての〕イスラエルによるパレスチナ人抑圧については、事務総長は当初、理解を示すかのような発言をしていたが、上記のように現在は、「33人の子供を含む約1200人を故意に殺害し、数千人を負傷させ、数百人を人質に取ったことを正当化する理由はない。」と、見解を変えている。

米国政府は、罪のないガザ人の非人間化と殺害に対して「道徳的」かつ物質的な支援を提供している。

このような米政府批判と、即時停戦の要求が、公開書簡の趣旨である。

バトラーは、パレスチナ人をハマスと同一視することに警鐘を鳴らし、パレスチナ人の生存および権利を保証することを強く要求している(彼女はシオニズムに反対する立場のユダヤ人である)。

Palestinian Lives Matter Too: Jewish Scholar Judith Butler Condemns Israel’s “Genocide” in Gaza (youtube.com)

公開書簡とほぼ同趣旨だが、以下の哲学者らの声明(11/1付)には、「領土の包囲により、食料、水、医薬品、燃料、電気が遮断され」た状況でのガザ北部の空爆、および「安全な場所を失った地上侵攻」への非難、「16年間のガザ封鎖、56年間のヨルダン川西岸地区ガザ地区の占領、イスラエル建国以来4分の3世紀に及ぶパレスチナ人の追放」の指摘、そして即時停戦と「ヨルダン川と地中海の間に現在住んでいるすべての人びと、そして亡命パレスチナ難民の権利の尊重」の要求など、より具体的な言及が見られる。

A call to philosophers to stand in solidarity with Palestine against apartheid and occupation – Mondoweiss

この声明に対する、セイラ・ベンハビブ(イスタンブール出身)による公開書簡形式での反論(11/4付)。

An Open Letter To My Friends Who Signed “Philosophy for Palestine” | by The Hannah Arendt Center | Amor Mundi | Nov, 2023 | Medium

あなた方は次のように書いています:「ガザの人々は世界中の同盟国に対し、即時停戦を要求するよう各国政府に圧力をかけるよう訴えています。しかし彼らは、これが解放に向けた集団行動の終わりではなく、始まりであるべきであること、そしてそうしなければならないことを明確にしている。」これらの要求を支持することで、あなた方はパレスチナ「解放闘争」の先兵とされるハマスの立場も支持することになります。これは大きな間違いです。ハマスはガザの民間人を人質として扱う虚無主義的な組織です。 ガザの路上で子供たちが死亡する中、組織のリーダー、イスマイル・ハニヤはカタールの高級ホテルに座っている。確かに、アムネスティ・インターナショナルが述べたように、「ガザは世界最大の野外刑務所である」が、これはハマスが絶滅主義組織であり、その憲章がイスラエル国家の破壊を承認しているという事実によるものでもある。あなた方も次のように書いて、暗黙のうちにこれを支持しているようです。「正義と平和があるためには、ガザの包囲は解除されなければなりません。占領は終わらなければならず、ヨルダン川と地中海の間に現在住んでいるすべての人々、そして亡命中のパレスチナ難民の権利が尊重されなければなりません。」 …しかし、ハマスは「ヨルダン川と地中海の間に現在住んでいるすべての人々の権利を尊重する」ことに専念する政治組織だと思いますか? これは歴史と論理に反します。ハマスイスラエル国家の破壊に専念している。私はそれを支持しませんが、あなた方はどうなのですか? ここであなたの論証を導いているのは、どのような道徳的または政治的論理なのですか?

パレスチナ人への反・ハマス行動への呼びかけも。

2023 年 10 月 7 日は、イスラエルと離散ユダヤ人にとって単なる転換点ではありません。それはパレスチナ闘争の転換点となるに違いない。パレスチナ人民はハマスの惨劇から解放されなければならない。2023 年 10 月 7 日に行われた暴力行為 - 遺体の冒涜と切断。子供や赤ん坊の殺害。音楽祭で生きたまま焼かれる若者たち。強姦、儀式的殺人、誘拐は戦争犯罪であるだけでなく、人道に対する犯罪でもあります。彼らはまた、暴力のポルノを楽しむイスラム聖戦士イデオロギーがこの運動を追い抜いたことも明らかにした。パレスチナのための闘争とユダヤ人の殺害は現在、ジハードとみなされている。トルコ大統領は、トルコ共和国建国100周年記念式典で、国内の独裁政治を報道するのに都合のよいときは、イスラム主義の旗を掲げる瞬間を決して逃さず、ハマスを「ムジェハード」(聖戦戦士たち)と呼んだ パレスチナ人民は、現在彼らの運動を追い越しつつあるこの破壊的なイデオロギーと戦わなければなりません。

次の表現には、ガザ情勢の複雑さへの困惑もにじむ。

戦争犯罪を犯したのはハマスだけではありません。イスラエルガザ地区でも同様の取り組みを進めている。 敵対状況下での民間人の「不均衡な」暴力と破壊は戦争犯罪です。ガザの子供たちは武力交戦規定の冷酷な言葉で言えば「巻き添え被害」となっており、現在〔死者数が〕9000人を超えているとみられるガザの民間人への爆撃を避けるために全力を尽くしなかったイスラエルは非難されなければならない。しかし、私たちは、ハマスが武器や本部を病院やモスクの下に置くという完全なニヒリズム冷笑主義を無視することはできない。イスラエルから攻撃を受けた場合、世界規模の怒りを引き起こすことを彼らはよく知っているのである。

当事者性をやや欠いた(またはそれが限定された)状況で発出された、フランクフルト大学「規範秩序」研究グループの声明(11/13付)。

Grundsätze der Solidarität. Eine Stellungnahme - Normative Orders

なぜ当事者性が欠けている(または限定されている)のかといえば、この声明文が、「イスラエルとドイツのユダヤ人との正しく理解された連帯」を中心につづられているからである。

物議をかもしたのは次のくだりだ。

ユダヤ人の生命全般を抹殺することを宣言したハマスの虐殺は、イスラエルの反撃を促した。 原理的には正当化されるこの報復がどのように行われるかは、物議を醸す議論の対象となっている。比例原則、民間人の死傷防止、将来の平和の見通しを持った戦争の遂行が指導原則でなければならない。しかし、パレスチナ住民の運命に対するあらゆる懸念にもかかわらず、大量虐殺の意図がイスラエルの行動に帰せられるならば、判断の基準は完全に崩れる

「ドイツにおける」反ユダヤ主義を抑止する必要性を唱えるこの声明文は、別の(さらに限定された)状況から生まれたと推察することができる。それは、同日開催された、ドイツにおける反イスラム主義を扱う学術会議と関連がある。

Muslimfeindlichkeit – eine deutsche Bilanz - Normative Orders

冒頭の「規範秩序」研究拠点リーダー(ニコール・ダイテルホフおよびライナー・フォアスト)の挨拶。

Muslimfeindlichkeit. Zur Eröffnung einer Konferenz - Normative Orders

会議の様子を伝える報道記事(11/15付)の引用。

Debatte über Muslimfeindlichkeit - Normative Orders

主催者として、このタイミングで「反イスラム主義」を扱う会議を実施する「苦渋の」決断に至った経緯が述べられている。したがって、同日付のドイツにおける「反ユダヤ主義」への警鐘声明は、ユダヤ人・イスラエル国民側への(またフランクフルト学派ユダヤ的ルーツへの、やや過剰な)カウンターバランスと見ることもできそうだ。当事者性が欠けている(または限定されている)と見ざるを得ないのは、彼女らが見ているのが、同研究拠点を取り巻く狭いコミュニティでしかないかのようだからである。

ともかく、同研究拠点でのガザ問題へのアプローチの今後の展開については、別途期待したい。そのためのきっかけとなると思われる、公開書簡形式での反論(11/22付)。

The principle of human dignity must apply to all people | Israel-Gaza war | The Guardian

私たちは著者らとともに、2023年10月7日のハマスによるイスラエル民間人の殺害と人質を非難し、反ユダヤ主義の高まりに直面してドイツにおけるユダヤ人の命を守るという極めて重要な必要性に全面的に同意する。私たちはまた、「ドイツ連邦共和国の民主主義精神」の中心部分として、すべての人々の人間の尊厳を尊重するというこの声明の立場の根拠にも同意します。

しかし、私たちは著者たちが表明した連帯の明らかな限界に深く悩まされています人間の尊厳に対するこの声明の懸念は、死と破壊に直面しているガザ地区パレスチナ民間人には十分に及んでいない。また、イスラム感情の高まりに直面しているドイツのイスラム教徒にもそれが適用されたり拡大されたりすることはない連帯とは、人間の尊厳の原則がすべての人々に適用されなければならないことを意味します。そのためには、武力紛争の影響を受けるすべての人々の苦しみを認識し、それに対処する必要があります。

声明は、「大量虐殺の意図がイスラエルの行動に帰せられるならば、判断基準は完全に崩れる」と主張している。ジェノサイドの法的基準が満たされているかどうかについて、ジェノサイド学者や法律専門家の間で議論が続いている。人権団体は国際刑事裁判所と米国の連邦裁判所に大量虐殺を主張する訴訟を起こした。ブラウン大学ホロコーストとジェノサイド研究の教授であるオメル・バルトフは、最近、私たちに次のことを思い出させてくれました。「私たちは歴史から、ジェノサイドが起こった後に遅ればせながら非難するのではなく、ジェノサイドが発生する前にその可能性について警告することが重要であることを知っています。まだその時間はあると思います。」連帯を示し、人間の尊厳を尊重するということは、私たちがこの警告に留意し、大量虐殺の可能性についての議論と熟考の場を閉ざしてはならないことを意味します。 すべての署名者がジェノサイドの法的基準が満たされていると信じているわけではない。それにもかかわらず、これは正当な議論の問題であることに全員が同意します。

「規範秩序」研究拠点からの声明への反論を掲載したガーディアン紙の報道。

Israel-Hamas war opens up German debate over meaning of ‘Never again’ | Germany | The Guardian