平和を破壊する戦争か、平和を回復する戦争か

ユヴァル・ノア・ハラリの第四の論考。彼の足場がこれで固まったという印象を受ける。

Opinion | Hamas is winning the war, with Israel’s help - The Washington Post

戦争は別の手段による政治の延長であるという、クラウセヴィッツの命題に沿って、ハマスイスラエル双方の「戦争」の政治目的が検討されている。

ハマスは、中東和平(さしあたりはイスラエルサウジアラビアの国交正常化)を阻止し、平和そのものを無に帰し、原理主義の教条通りに、彼らにとっての完全な正義をあらゆる手段によって実現しようとする。原理主義者にとっては死さえも神の祝福であり、彼らにとって俗世の平和は無意味である。

一方、イスラエル側には目下、明確な戦争の政治目的がないという。短期的にハマスを掃討することが掲げられてはいるものの、このまま軍事衝突をエスカレートさせれば、かえってハマス側の戦争の論理にはまり込み、彼らに勝利をもたらしかねないという。イスラエル軍空爆と侵攻が多くの犠牲者をもたらすことで中東和平が不可能となれば、それこそまさにハマス側が目指していたことに他ならないからである。

ハラリは、イスラエル側はハマスとは違う政治目的を立ててこの戦争に臨まなければならない、と主張する。それは平和と人間性への信頼を破壊するのではなく、これらを回復する、という目的である。

そのための手段は何か。ハラリはこの論考で初めて、ガザ地区パレスチナ人を救うための具体的手段に言及した。エスカレートする事態に少しでもブレーキをかけるための手順として、人質の即時無条件解放と並んで、エジプトでガザ地区市民を受け入れる、またはそれが困難であれば、赤十字を通じてまずはイスラエル市民の人質を受け入れ、その後、やはり赤十字を通じてイスラエルガザ地区市民の避難所を設けて受け入れる、という提案である。これはかなり踏み込んだ、そしてイスラエルの政治的責任にも言及している点で、覚悟の要る提案である。

これは、直接には言及されていないが、イスラエル市民の人質解放とガザ地区市民のイスラエルでの保護とのバーターとも受け取れる。平和と人間性への信頼を損ねようとするハマスに対し、平和と人間性への信頼を回復するという政治目的でもって正面から対決するという意志表明ともなりうる。