現代版「大西洋憲章」の必要性
ユヴァル・ノア・ハラリがイスラエル国内紙に寄せた記事の翻訳が出ている。
「イスラエル国民は『ハマスの壊滅』という約束以上のものを求めている」 | ユヴァル・ノア・ハラリが地元紙で訴えたこと | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)
ここで言及されているのは、1941年8月14日の大西洋憲章(Atlantic Charter)である。現代版の大西洋憲章、または「イスラエル憲章」が、いまこのタイミングで必要なのだと、ハラリは主張する。
1941年8月、ローズヴェルトとチャーチルは、単に「ナチスの壊滅」について漠然と話したのではなかったのだ。それと同じで、いまのイスラエル国民も「ハマスの壊滅」という漠然とした約束より、もっと奥行きがあり、もっと建設的な何かを至急必要としているのである。
第二次世界大戦の行方が見通せなかった当時、すでに連合国は戦後の世界秩序を具体的に描いていた。民族自決権、領土保全、貧困からの自由も、そのなかには含まれていた。そうした「理念」を伴う戦後秩序への具体的見通しがない場合、武力行使の正当化にことごとく失敗したとしても当然である。
そうこうするうちに、米国は戦後秩序に言及せざるを得なくなってきたようだ。
米など、ハマス支配終了後のガザ巡り複数の選択肢検討=国務長官 | ロイター (reuters.com)
米とイスラエル、ハマス排除後のガザで多国籍軍展開を検討-関係者 - Bloomberg
後者の記事、以下の選択肢が言及されている。
1) ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの排除にイスラエル軍が成功することを前提に、米軍も参加する多国籍軍を展開する
2) 1979年のエジプトとイスラエルの平和条約の履行を監視するために導入された仕組みをモデルに平和維持軍を編成する
3) ガザを一時的に国連の監督下に置く
4) 米国と英国、ドイツ、フランスの部隊による支援の下、この地域の国々がガザ地区を一時的な監督下に置き、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)を含むアラブ諸国の代表も参加させる
ロイター記事によれば、ブリンケン米国務長官は「ハマスがガザを実効支配する現状を続けることはできないが、イスラエルもガザを支配したいとは考えていない」と述べたとのこと。当面の具体的な着地点としては「4」が有力かもしれない。最終的な目標は(実現可能性は低いものの)「「再生し機能するパレスチナ自治政府」がガザを統治すること」であるようだ。
米政府側からこうした情報が(漏れ)出てくるということは、危機的状況の裏返しである。情報漏洩の形で、米政府のイスラエルに対する意向が示されていると言ってもよい。
一方のイスラエル政府、ハラリが求める明確な理念に基づく具体的見通しはいまのところ皆無だ。というより、戦争犯罪だと指摘される難民キャンプへの爆撃など、ハマス掃討の手段が理念の類からはますます乖離し、ハラリが「仮に」と、あってはならない事態として懸念するように、
戦勝に乗じて領土を併合し、境界線を強制的に引き直し、住民を追い出し、人々の権利を蔑(ないがし)ろにし、言論に検閲をかけ、救世主に関する妄想のあれこれを現実化しようとして、イスラエルを神権政治の独裁制国家に変えようと夢想している
というのが、残念ながら現在最も蓋然性が高いと言わざるを得ない。これを米政府は明確に否定するが、イスラエル政府からはこうした「夢想」を否定するメッセージは届いていない。
ちなみに、イスラエル政府は「イスラエル憲章」を提起することはないまでも、第二次世界大戦の処理を参考にしていることは間違いないようだ。
これが事実なら、イスラエル政府は現在、第二次世界大戦の連合国の対応から、またしても理念とはまったくかけ離れた、戦術上のモデルだけを参考にしていることがわかる。実際、わずかなりとも理念があれば、日々報道されるガザ地区空爆の惨状はあり得ないであろう。ガザ地区市民の強制移住とガザ地区の部分的または全土的占領を目指しているのではないかとさえ推測させる、今の窮状を改めさせ、イスラエル政府にハマス追放後の明確な理念に基づく戦後プランを早急に描かせるために、国際世論が圧力をかける必要がある。