「飼い殺し」か、または「日常への回帰」か

進軍の目的は、ワグネルの解体を回避することと、プロ意識に欠ける行動によって膨大な数の過ちを犯してきた上層部の責任を問うことにあった プリゴジン蜂起の真の理由はワグネル愛。ワグネル解体の回避もまだ諦めていない?|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)

「一日天下」とも呼ばれた今回の反乱が収束した後のプリゴジンのこの言葉は、ワグネル解体、希望者の国軍との契約というロシア政府の方針が継続していること、あるいは今回の反乱によって一層強められたことを示している。

上掲記事によれば、今回の件はプーチンプリゴジンが「結託」することによる、国への忠誠を試す機会だったとする向きもあるようで、これをウクライナの専門家は否定した模様だが、結果としてはこの「結託」説は説得力を増している。「結託」といってもそれはいわば「以心伝心」レベルのものであって、実際に両者が意志疎通を図った可能性はない、という前提においてのものだ(後掲記事で傍証)。

というのも、内乱の収束によって国内諸勢力の「結束」を高める動きは加速しているからだ。ウクライナ戦争が長期化し、戦争大義への疑念が増す中、前線兵士の窮状を訴え、国軍・国防相の戦争指揮への疑義と、「正義」の回復を訴えたプリゴジンの強烈な政府批判が、結果として、プーチンの戦略に取り込まれた形だ。ベラルーシで当面生きながらえるプリゴジンに幻滅した膨大な数のワグネル支持層が、政府側のストーリーに取り込まれていくことも十分ありうる。

プーチン大統領としては、ワグネル兵士についてはとくにアフリカでの活動を中心にこれを取り込みつつ、他方でなんらかの仕方でプリゴジンをワグネル経営から除外する、という方針ではないか。

ワグネル、アフリカでの活動は継続 ロシア外相 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

ワグネル創設者経営の企業を調査、資金使途巡り=プーチン氏 | ロイター (reuters.com)

そしてプリゴジン自身については、(あくまでも)時間をかけて、その発言にもさしたる制約をかけないという特別待遇のもとで、ウクライナ戦線でのワグネル兵士の陣頭指揮をとることによって担保されてきたその発言の影響力が徐々に、あるいは急速に低下していく様子を、観察していく手筈なのだと推測される。

この特別待遇は、ベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介が功を奏したものと言えそうだ。

ルカシェンコ大統領はベラルーシの当局者らに対し、24日に自らが果たした役割について説明。プリゴジン氏をウクライナで多くの部下を失ったことに揺れ動いた「英雄的な男」と称賛した上で、そうした状況に感化され、24日にロシア南部ロストフ州の州都ロストフナドヌーに到着した時には「半狂乱の状態」だったと明らかにした。 ベラルーシ大統領、数時間かけワグネル創設者を説得 反乱停止へ | ロイター (reuters.com)

尋常ではない肩の入れようである。ルカシェンコはプリゴジンに惚れ込んでいる。この魅力ある男を近くに置いておきたいと考えたのだろう。

一方、内乱最中のプーチン大統領だが、ここまで公言してもいいのか、という動静をルカシェンコ大統領は明らかにしている。

一方、プーチン大統領プリゴジン氏が電話に応じないことにいら立ち、ルカシェンコ大統領に助けを求めた。ルカシェンコ氏は反乱分子の鎮圧を「急がないよう」とプーチン大統領に提言したという。

ルカシェンコが一挙に株を上げた形だが、プーチンとしては、ここまで公言されるのは不都合だろう。(以下も参照;「虫のようにつぶされるぞ」 ルカシェンコ氏がプリゴジン氏に警告 | 毎日新聞 (mainichi.jp)

いずれにしても、プーチン、ルカシェンコ、プリゴジン三つ巴の「ロシア・ベラルーシ(・ウクライナ)人間模様」を見せつけられた形だ。当面、プリゴジンはルカシェンコ庇護下で生きながらえ、かつある程度自由に戦況への意見・批判を発信していくだろう。しかし、ルカシェンコとしても今般の戦争は他人事ではないため、プーチンとの関係維持のためもあって、プリゴジンをどこまでも守り抜くことはできない。

そうしたなか、徐々にウクライナ戦線・アフリカ等でのワグネル兵士とプリゴジン本人との分断が進む中、プーチン大統領としては、ベラルーシが「前線」化する事態に備えて(あるいは意図的にそのような展開を準備して)、プリゴジンに追従する一部のワグネル兵士を鉄砲玉とする可能性に含みを残しておきたい算段なのだろう。

要するに、当面はワグネル兵士とプリゴジン双方を温存しつつ、徐々に前者をロシア政府の指揮下に取り込んでプリゴジンとの分断を促し、最終的にワグネルを事実上解体していく、ということだろう。この展開にプリゴジンはある程度抵抗を試みるだろうが、それは命に関わることでもあるので、発言もトーンダウンして「無難な戦況解説」または「罵詈雑言を含めた解毒剤」のようなものに落ち着き、最終的には「静かに余生を過ごす」ことになるのだろう。

一方でそれはワグネル兵士とワグネル支持層の幻滅を加速するため、一部の狂信家は公認の戦争大義に新たな活路を見いだすかもしれない。だが(「正義」であれ「ロシアの一体性」であれ)「大義」そのものへの熱狂から醒めてしまった者は、ルーチン化した戦争継続方針に表向き従いつつ、プリゴジンが得つつあるような「何もなかったかのような、平凡な日常」を、それぞれの仕方で回復しようと試みるのかもしれない。

 

(付記)「飼い殺し」に「利用」(利権確保)が加わっているとの解釈。

プリゴジン氏を「飼い殺し」で利用?……プーチン大統領の思惑は ワグネル戦闘員へのメッセージ「ベラルーシ行き」は罠か (ntv.co.jp)