スティグリッツの新冷戦論

次の記事でスティグリッツの最新の評論が紹介されている。

安倍元総理の経済ブレインで米ノーベル賞学者が「アメリカは新冷戦に負ける」 | 中国問題グローバル研究所 (grici.or.jp)

この記事の筆者、遠藤誉氏の注目する経済覇権の動向はもちろん重要な論点だが、次のような箇所も重要である。 

しかし、「戦争」中の国には戦略が必要であり、米国は単独では新しい大国争いに勝つことはできない。それには友人が必要だ。その自然な同盟国は、ヨーロッパと世界中の他の先進民主主義国である。しかし、トランプはあらゆる手段を用いてこれらの国々を疎外し、共和党員は - 彼らはまだトランプに依存しきっているが - 米国が信頼できるパートナーであるかどうかを疑問視する十分な理由を提供してきた。さらに、米国はまた、世界の開発途上国新興市場国の何十億人もの人々の心と精神を勝ち取らなければならない - 多数を自分の側の味方につけるためだけでなく、重要な資源へのアクセスを確保するためにも。

Joseph E. Stiglitz: How the U.S. Could Lose the New Cold War – scheerpost.com

機械翻訳に若干の手直しを施した; 以下同様)

トランプ政権がヨーロッパを離反させ、開発途上国新興市場国からも顰蹙を買った。「新冷戦」に勝ち、世界のリーダー国としての地位を維持するためには、これらの国々からの信頼を取り戻す必要がある。これがスティグリッツが言いたいことであって、遠藤氏がタイトルにつけた「アメリカは新冷戦に負ける」という認識は、スティグリッツの論考の趣旨ではない。タイトルは"How the U.S. Could Lose the New Cold War"であり、これを遠藤氏は「アメリカはいかにして新冷戦に負けるのか」と訳している。直訳調だが、むしろ「このような道を歩めばアメリカは新冷戦に負けるかもしれない」というニュアンスであろう。

では、どのような道を歩めばそうなるのか。スティグリッツは「中東[イラクアフガニスタン]での悲惨なほど誤った戦争、2008年の金融危機、不平等の拡大、オピオイドの流行、アメリカの経済モデルの優位性に疑問を投げかけるように見える他の危機」「ドナルド・トランプの選挙、米国議会議事堂でのクーデター未遂、多数の銃乱射事件、有権者抑圧(voter suppression)に熱心な共和党、そしてQAnonのような陰謀カルトの台頭」といった、「アメリカの政治社会生活のいくつかの病的側面」を挙げている。

くわえて、「他の国々を搾取してきたその長い歴史」「深く根付いた人種差別主義 - トランプが巧妙かつ皮肉な仕方で導き利用した力 - 」、そして「富裕国がすべてのワクチン接種を受ける[ほぼ全ての国民が接種を受ける]一方で、貧困国の人々が[無接種のまま]運命に晒された」という世界的な「ワクチンアパルトヘイト」を挙げている。

気候変動問題に関しても米国は「裕福な世界が引き起こした気候危機の影響に貧しい国々が対処するのを助ける」責務を果たさず、Covid-19と食料価格高騰による最貧国の債務危機にも米国の銀行は無関心であるか、またはこれに加担しさえしていると指摘している。

こうした現状認識から、スティグリッツは次のように「新冷戦」への対処法を示す。

もしアメリカが新冷戦に乗り出すつもりなら、勝つために何が必要かをよりよく理解する必要がある。冷戦は、究極的には、魅力と説得力というソフトパワーで勝利する。トップに立つためには、私たちの製品だけでなく、私たちが推奨・宣伝している(selling)社会的、政治的、経済的システムも購入するよう、世界の他の国々を説得しなければならない。

アメリカは世界最高の爆撃機とミサイル・システムを作る方法を知っているかもしれないが、それらはここでは我々の役に立たない。その代わりに、開発途上国新興市場国に対し、COVID-19関連のすべての知的財産の権利放棄から始めて、ワクチンや治療法を自力で製造できるように、具体的な支援を提供しなければならない。

同様に重要なのは、西側陣営(the West)は、我々の経済、社会、政治システムを、再び世界の羨望の的としなければならないことだ。米国では、銃による暴力を減らし、環境規制を改善し、不平等と人種差別と闘い、女性のリプロダクティブ・ライツを保護することから始まる。私たちがリーダーたるにふさわしいことをみずから証明しないかぎり、私たちは他の人が私たちの行進に同行することを期待することはできない。

最後の文が、"How the U.S. Could Lose the New Cold War"の意味するところである。西側諸国が自らの居住まいを正すことができないままでは、他国にとって魅力ある陣営とはなり得ない。スティグリッツ自身は米国をはじめとする西側陣営(the West)が開発途上国新興国からの信頼を取り戻す可能性がないとは考えていないが、楽観的であるわけでもない(ここはフランシス・フクヤマとは対照的である)。

「武器開発・援助よりもCOVID-19関連のすべての知的財産の権利放棄を」

これがスティグリッツの処方箋だとも言える。しかしこれは実現困難で、したがってスティグリッツの論法では、西側陣営が信頼を取り戻す可能性は低く、したがってまた「新冷戦」で勝利を収める可能性も低い、ということになるかもしれない。