ゼレンスキーのドイツ連邦議会演説
イギリスでシェイクスピアやチャーチルを、アメリカでキング牧師を、それぞれ引用したゼレンスキーは、ドイツではいかなる国民的文学者、国民的政治家も引用することなく、ただ「元俳優大統領」として共通項をもつレーガンの、「ベルリンの壁を壊そう」との呼びかけを引用した。
表情は終始硬め。ドイツの(ショルツ首相の)さらなる役割を促す内容に終始した。
「壁」をモチーフとし、何度も繰り返す。そして「新しい壁」がウクライナに作られようとしている、今こそこれを壊そうではないか、と呼びかける。西側には自由が、東側には自由の抑圧があるとし、「自由なヨーロッパ」を守るために政治的役割を果たしてほしいと呼びかける。そしてノルトストリームに象徴される(ロシアとの)経済関係にばかり力を入れないでほしい、とも。
ドイツにとって厳しい注文だ。ヘルメット供与で顰蹙を買った後、武器供与に踏み切った。防衛費も大幅に増やす。難民も多く受け入れる。しかしまだ援助が足りない、と言う。
ウクライナのNATO入りに真っ向から反対したのがドイツのショルツ首相である。国際決裁システムからのロシア除外等の金融制裁以上の制裁に踏み込めば、経済本体が打撃を受ける微妙な立ち位置。
ゼレンスキーの雄弁がここでも際立つ。経済だけでなく政治も。否むしろ、「自由なヨーロッパ」の守り手となるという政治的責任こそが、あなた方の国にとって最も大切ではないのか、と。この責任をゼレンスキーは、前世紀の世界大戦でのドイツの振舞いから導き出そうとする。ナチス・ドイツによるウクライナ占領。虐殺。議員らの表情がこわばる。
しかし基本法の下、「人間の尊厳の不可侵性」(第一条第一項)を軸に人権外交を進めてきたのが戦後ドイツだ。歴史に由来する政治的責任を今一度思い出してほしいと呼びかけられれば、これに応じることにためらいを覚える議員はいない。
だから最後は全議員がスタンディング・オベーションとなった。