音楽をめぐる「壁」

ロシアのピアニスト、ボリス・ベレゾフスキーのテレビ番組(3月10日)での発言が物議をかもしている。

Boris Berezovsky (pianist) - Wikipedia

驚くべきことに彼は「キエフの電力を遮断」することを「呼び掛け」た、というのである。

ロシア人ピアニストの発言が波紋 キエフへの電力遮断呼び掛け:時事ドットコム (jiji.com)

ロシア著名ピアニスト、キエフの電力遮断呼び掛け 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

正確には彼は何と言っているのか。

Pianist Borís Berezovsky: “Can we spit on being delicate, surround Ukraine, shut off electricity?” - YouTube

英訳を介してだが、「素朴な質問がある。私は戦争には詳しくなく、お隣りにいらっしゃるのは軍の専門家で、私は一介の音楽家に過ぎない。…彼ら〔ウクライナ人〕のことを気にかけ、慎重に事を運ばなければならないのはわかるが、事を早く解決するために、彼らを包囲し、電力を遮断することはできないのだろうか?」と発言している。

このとき横にいる将校が「人道的なカタストロフィーを起こすわけにはいかない」と言って発言を遮っている。

この発言に対する反応。

彼の海外公演の際のエージェンシーSarfatiはそれまでの「政治と文化の分離」方針を変更して3月3日、ロシアの侵略(agression)を批判、ウクライナの人々を支持する立場を表明した。そしてこのたびのベレゾフスキーの発言を受けて3月17日、代理人契約を停止(suspend)すると表明した。

Productions Internationales Albert Sarfati (tumblr.com)

Pianist Boris Berezovsky dropped by agent following comments on Ukraine conflict - Classical Music (classical-music.com)

Boris Beresowski: Russischer Pianist verliert Agentur für Auslandsauftritte - DER SPIEGEL

2014年、ベレゾフスキーはベルギーからロシアに帰国している。

Boris Berezovsky: ′Beethoven is as powerful as the sun′ | BTHVN2020 | DW | 06.10.2016

このインタビュー記事のラフマニノフについてのコメントを転記しておきたい。

On the subject of Rachmaninov's Third, can you think of a piece of music that would be more Russian?

Yes, it is extremely Russian. Some call Rachmaninov a Romantic - yet his music is a mix of Russian church bells and orthodox song. But even more Russian is the folk music buried deep within. It's the same pre-Christian, heathen tradition that Rimsky-Korsakov and Stravinsky drew on. You could call it "Music of the Earth." (Editor's note: "Music of the Earth" is also the name of a festival founded last year by Boris Berezovsky in Moscow.)

キリスト教伝播以前の「大地の音楽」、正教の讃美歌。これらがロシアらしさを体現しているのだという。

ル・フィガロおよび(同誌記事を引用する形で)フランクフルター・アルゲマイネはベレゾフスキーの弁明を紹介している。

Le pianiste russe Boris Berezovsky demande «plus de fermeté» avec les Ukrainiens (lefigaro.fr)

Pianist Boris Berezovsky äußert sich zum Ukraine-Krieg (faz.net)

彼が言いたかったのは、膠着状態を一気に打開し、「戦争」(と彼は国内で禁止されている表現を何度も用いたとのこと)を早く終結させる手立てはないものか、ということだったらしい。相手を気遣いながら、ゆっくり慎重に事を進めていくのは大事だが、それではますます空爆が続いていくことになる。いっそのこと電気を止めれば、…ということのようだが、要はこうしたやり方によって早期に相手の降伏を引き出すべきだと考えたらしい。あまりにも浅はかなこの発言、そばにいた将校が遮ったのも当然である。

発言に彼は後悔しており、今後政治的発言は慎むということのようだが、もう一つ気になる点は、ここでの彼の発言にあるように、彼のプーチン支持の立場がアメリカの政治学John Mearsheimer の影響によるものだということだ。

John Mearsheimer に関連して

プーチンのウクライナ侵攻、実は25年前から「予言」されていた…!(長谷川 幸洋) | 現代ビジネス | 講談社(1/5) (ismedia.jp)

Putin's Invasion of Ukraine Salon | Ray McGovern, John Mearsheimer - YouTube

(↑最新;ベレゾフスキーに直接影響を与えたらしい講演)

PROFESSOR JOHN MEARSHEIMER: THE CRISIS IN UKRAINE - YouTube

Why is Ukraine the West's Fault? Featuring John Mearsheimer - YouTube

詳報と、さらにうがった見方もある。

Scherzo | Boris Berezovsky intenta aclarar sus afirmaciones sobre la guerra en Ucrania

ベレゾフスキーは後日「大砲が鳴ると、ミューズは沈黙する」という格言に従うべきだったと言っているようだ。番組で、そばにいた将校が「人道的カタストロフィーを起こすわけにはいかない」と割って入ったのを受けてなのか、「自分はヒューマニストだ」とも言っているとか。

他方、この記事は現在のベレゾフスキーの立場について、昨年彼の二人の息子に起こったとされる出来事に関連して若干の憶測を述べている。