【論文紹介】コロナウイルスと連帯・保健制度(4)

3. 欧州の保健制度と緊縮化改革の課題

広く知られているように、欧州ではドイツに比べてイタリア、スペインの死者数が際立って高くなっています(Situation reports)。

2008年のリーマン・ショック、2009年のギリシア財政スキャンダルを契機とするユーロ危機の影響で、南欧諸国は緊縮財政を余儀なくされました。イタリア、スペインにおいても医療・保健分野の支出が削減され、低所得者への経済的圧迫を強めて保健水準の低下をもたらしたとされます。スペインでは現在、コロナウイルス感染の疑いがある場合でも、重症患者のみ検査を受けられるとのことです。南欧諸国において医療資源が逼迫状態にあることは、12年前の経済危機およびそれによる緊縮財政、リストラの余波だとする見方も出ているようです。

2000年から2015年までにOECD加盟国においてはおおむね病床数が減少しており、2015年の数字では加盟国平均で人口1000人当り病床数が4.7であるのに対し、イタリアは3.2、スペインは3.0と平均を下回り、これに対しドイツは8.1と、両国の2.5倍以上の水準となっています(引用されているOECDの統計による: OECD (2017): Health at a Glance 2017: OECD Indicators. Paris: OECD Publishing, S. 173)。このなかでも特にイタリアの下げ幅が非常に大きくなっています。

集中治療室のベット数では違いはさらに顕著で、人口10万人当り、ドイツ34、アメリカ26、フランス16、イギリス11、スペイン10、イタリア9、等となっています(引用されているFAZ (Nr. 72 v. 25.03.2020), S. 16のOECD統計による)。

ユーロ危機は、南欧諸国における高度な専門知識を有する医療・看護職従事者のドイツへの流出を招いており、南欧諸国とドイツとの医療資源格差をさらに拡大させています。ドイツ在住のイタリア人医師とスペイン人医師をあわせると1,888人(2018年)、これは前年比でそれぞれ5.9%、8.5%増だそうです(Bundesärztekammer (2019): Ausländische Ärztinnen/Ärzte. Tabelle: 10 (Bundesgebiet). Stand: 31.12.2018, S. 36)。

ドイツでは、ユーロ危機においても、また難民の庇護申請に関するダブリン規則(庇護申請を最初の到着国で行い、「たらい回し」にしないという方針であったが、イタリア、ギリシアに負担が集中したため実質的に無効となり、現在は加盟国の公平な負担を求める割当制度が提示されたものの東欧加盟諸国から強硬に反対されている)の交渉でも、自国の利益を最優先する方針を採ったとされます。

今回も危機が表面化した当初、自国利益を最優先して医療設備の国外輸出を禁じる方針が打ち出され、これに他国も追従しました。しかし感染爆発の抑え込みに成功しつつあるとされる中国政府から医療スタッフ派遣や医療物資援助が行われるようになるとベルリン政府も方針を変え、イタリアに人工呼吸器等の提供を行い、またフランス国境に隣接する諸州では、フランス人感染者のために集中治療室の使用を認めているようです。