【論文紹介】コロナウイルスと連帯・保健制度(1)

ドイツ・フランクフルトに、「オズヴァルト・ネル=ブロイニング経済社会倫理研究所」という、カトリック神学をベースとする経済倫理の研究所があります(Blog | Oswald von Nell-Breuning-Institut für Wirtschafts- und Gesellschaftsethik)。

大恐慌直後の世界経済の混乱の中、社会経済倫理の再建と人間の自由・尊厳の回復を訴えるカトリック社会教説「クアドラジェシモ・アンノ」(Quadragesimo anno - Wikipedia)で主導的役割を果たした神父・社会倫理学者、オズヴァルト・ネル=ブロイニング(1890-1991 Oswald von Nell-Breuning - Wikipedia)にちなんで、彼が教鞭をとった聖ゲオルグ哲学神学大学(Sankt Georgen: Sankt Georgen)に付設されています(※)。

この研究所から、今回のコロナ・パンデミックに関して複数の声明や論考が公表されていますが、そのなかから同研究所で助手を務めるJonas Hagedorn氏の論考「新たな挑戦 コロナウイルスと欧州の保健制度 過小評価された社会的連帯のポテンシャル」(https://nbi.sankt-georgen.de/assets/documents/fagsf_72_maerz-2020.pdf)の内容を、複数回にわたって紹介します。

全体は5章からなります。

1. 連帯―連帯とはそもそも何か? 2. ドイツの保健制度―競争とコスト圧力のもとで 3. 欧州の保健制度と緊縮化改革の課題 4. 危機の不平等性 5. 連帯(主義)的自己理解・社会国家理解

序文では、民主的社会への市民参加を実質的に可能にするための社会インフラの中心を担うのが保健制度だと述べられています。その際、フランスの「連帯主義」(Solidarismus)が参照されます。この立場から、現下の南欧諸国における緊縮政策がもたらしたものを念頭に、ドイツにおける保健制度の新自由主義的改革方針を批判的に検討するのがこの論考の趣旨です。

1. 連帯―連帯とはそもそも何か?

「いまや誰でもが、自分の健康と生命が隣人および市民同胞の健康に大きく依存しているだけでなく、彼らのあれこれの無思慮な振る舞いにも左右されることを知っている。」

冒頭で引用されたこの文は、現在進行中のパンデミックに直面して書かれたのではなく、1893年にフランスの経済学者Charles Gideが「経済計画としての連帯理念」という論文のなかで書いたものだそうです。ただしGideが念頭に置いていたのはウイルスではなく肺結核菌で、当時、パストゥールやコッホなどの功績によりワクチン開発が可能となったことと並行して、「路面電車、乗り合いバスでの嘔吐行為」を処罰する条例すら、パリのある地区には存在していたそうです。

引用文で重視されている「相互依存」こそが、Gideや Léon Bourgeoisらが「連帯」の概念で意味しようとした内容です。ここから「連帯学派」(école de la solidarité)が由来するのだそうです。

次のような文章も、同じくCharles Gideによるものです。

「…すべてではないにせよ、最も危険な病気の数々が、人から人へと、保菌者を介して伝染する。自然死だと思われていた人が実は同胞によって『殺された』ということにもなるのだ。」

(続く)

 

※ 参考 http://www.fish-u.ac.jp/kenkyu/sangakukou/kenkyuhoukoku/58/04_3.pdf