いま、即時実行が要求されること

マーティン・グリフィス国連人道問題担当事務次長が新しい声明を出した。

Humanity must prevail in Gaza (ft.com)

このなかには、グリフィス氏への「罵倒」に対する反論も含まれていると見ることができそうだ。というのも、ハマスによるテロ行為、イスラエル市民の無差別殺戮についても、やや踏み込んだコメントが見られるからだ。民間人の殺傷ならびに人質を国際人道法違反、戦争犯罪としている。

だがそれにも増して、「市民の殺害への応答がもっと多くの市民の殺害であってよいはずはない」と、イスラエルによるハマスに対する、あるいは端的にガザ地区全体に対する報復行動への非難のトーンが依然として強く打ち出されている。

ハマスによる10月7日の残虐行為へのイスラエルによる報復行動は、いまや「集団懲罰(collective punishment)」にまで及んでいる、とも述べている。地区全体の完全封鎖、人口の超密集地での民間インフラへの攻撃もこれに含まれる。

ジュネーブ諸条約のうち、第四条約の内容が簡単に確認されている。このうち、民間インフラ攻撃の禁止については次の条文がある。

傷者、病者、虚弱者及び妊産婦を看護するために設けられる文民病院は、いかなる場合にも、攻撃してはならず、常に紛争当事国の尊重及び保護を受けるものとする。(十八条)  防衛省・自衛隊:戦時における文民の保護に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約(第四条約) (mod.go.jp)

ハマスによる人質の即時解放にくわえて、敵対行為の人道的停止イスラエルによるガザ地区完全封鎖の解除イスラエルによる民間人に対する無差別爆撃(より正確には、「人口密集地でなおかつ避難所・逃避先がないという条件下では不可避的に民間人を巻き込むことになる軍事行動」となろう)の停止、および人道回廊の設置を強く要求している。

これらに加え、「市民同胞に対するテロ行為」の禁止、という当然の事項さえも、これらの要求に加えなければならないのかもしれない。

グリフィス次長、エジプトでの交渉に入ったらしい。到着後、500名以上が死亡した(その「犯人探し」が進行中の)病院攻撃の報を受けたとのこと。

Martin Griffiths on X: "Just arrived to Cairo amid reports that a school and a hospital have come under attack in Gaza today. Hundreds of people have been killed. Gaza is on its knees. The health, water and sanitation systems are collapsing. People are being stripped of their dignity." / X (twitter.com)

ハラリの個人的な感傷から国際社会の理性へ

ユヴァル・ノア・ハラリの第三の論考。

The World's Job During the War on Hamas | TIME

テロリスト・ハマスとの「戦争」はやむなし、としている。だが背景となったイスラエルの苛烈な占領政策の問題点の自覚、およびパレスチナ市民への人道上の配慮についても率直に述べている。

There is much to criticize Israel for holding millions of Palestinians for decades under occupation, and for abandoning in recent years any serious attempt to make peace with the Palestinian people.

In its war against Hamas, Israel has a duty to defend its territory and its citizens, but it must also defend its humanity. Our war is with Hamas, not with the Palestinian people. Palestinian civilians deserve to enjoy peace and prosperity in their homeland, and even in the midst of conflict their basic human rights should be recognized by all sides. This refers not only to Israel, but also to Egypt, which shares a border with the Gaza Strip, and which has partially sealed that border.

いま進行中のガザにおける人道上の惨事については、上記引用箇所のように、わずかにエジプトの国境検問所封鎖(イスラエルの爆撃によって通行ができなくなっているとの報道があるが)にのみ触れている。目下それ以外に人道惨事を食い止める術はないにもかかわらず、明確に「検問所を開けよ」とは彼は言わない。

ハラリは次のように、とても抽象的な言葉で、イスラエル側の果たすべき責任の回避を正当化している。これは、「現時点では、イスラエル人は、ガザのパレスチナ人の命を救うことはできない。でもハマス掃討に成功した暁には、(運よく生き残った)ガザのパレスチナ人とも平和に暮らせればよいと願っている」と言っているに等しい。

The aims of the Gaza War should be clear. At the end of the war, Hamas should be totally disarmed and the Gaza Strip should be demilitarized, so that Palestinian civilians could live dignified lives within the Gaza Strip, and Israeli civilians could live without fear alongside the Gaza Strip. Until these aims are achieved, the struggle to maintain our humanity will be difficult. Most Israelis are psychologically incapable at this moment of empathizing with the Palestinians. The mind is filled to the brim with our own pain, and no space is left to even acknowledge the pain of others. Many of the people who tried to hold such a space—like the Kutz family—are dead or deeply traumatized. Most Palestinians are in an analogous situation—their minds too are so filled with pain, they cannot see our pain.

But outsiders who are not themselves immersed in pain should make an effort to empathize with all suffering humans, rather than lazily seeing only part of the terrible reality. It is the job of outsiders to help maintain a space for peace. We deposit this peaceful space with you, because we cannot hold it right now. Take good care of it for us, so that one day, when the pain begins to heal, both Israelis and Palestinians might inhabit that space.

われわれはいずれも、今はお互いに共感しあえないから、平和の空間が作れない。だから外部の人びとは、将来にそなえて、平和の空間を確保しておいてほしい。…こうハラリは述べている。賛同できるところはある。しかし、すでに数万人、数十万人規模の人道惨事に陥りつつあるガザ地区の人びとを救うのは、「共感」だけのなせる業ではない。これはまさに人間性の核心部にあるもうひとつの能力、「理性」に基づく命令である。

 

ガザの人びとを救え

非常事態、緊急事態である。国際社会の結束と行動が求められている。

ガザ目前で積み上がる支援物資 水が尽きる恐れ、WHOが警告(1/2) - CNN.co.jp

Gaza: Desperately needed aid piles up as WHO warns water is running out | CNN

記事によれば、国連人権理事会特別報告者のフランチェスカ・アルバネーゼ氏がイスラエルガザ地区への措置を「民族浄化」と呼んだようだ。これに対しイスラエル側は「全くのうそ」と反発し、アルバネーゼ氏を反ユダヤ主義者だと糾弾したという。

アルバネーゼ氏の発言。

Israel has already carried out mass ethnic cleansing of Palestinians under the fog of war. [...] Again, in the name of self-defence, Israel is seeking to justify what would amount to ethnic cleansing.

UN expert warns of new instance of mass ethnic cleansing of Palestinians, calls for immediate ceasefire | OHCHR

ただしこれには続きがある。

Any continued military operations by Israel have gone well beyond the limits of international law. The international community must stop these egregious violations of international law now, before tragic history is repeated. Time is of the essence. Palestinians and Israelis both deserve to live in peace, equality of rights, dignity and freedom. (強調は引用者)

アルバネーゼ氏の7/13付発言。

Francesca Albanese says Israel turned occupied Palestine into open air prison - YouTube

人道支援へのアクセスを確保しないまま、密集地域に20万人以上の民間人が閉じ込められた状態で、なおかつ軍事行動を続ける。こうしたことが戦争犯罪に該当すると、各方面から指摘されているわけである。

こうした指摘を「反ユダヤ主義者」とのレッテルで糾弾することに説得力があるとは思えない。

 

アメリカ国内のパレスチナ人差別(契約解消、解雇、ハラスメント、…)が急増しているという。

(1) The CCR on X: "“The public dehumanization of Palestinians at the highest level of U.S. government has led to skyrocketing repression of activism and all expressions of support for Palestine.” — @dialash https://t.co/7Ks9G82i2I" / X (twitter.com)

 

グテーレス国連事務総長の声明

Secretary-General’s statement on the situation in the Middle East | United Nations Secretary-General

これは国連のサイトでは現地(ニューヨーク)時間10月15日付となっているが、日本時間では10月16日午前5時ごろであると考えてよいだろう。

António Guterres on X: "As we are on the verge of the abyss in the Middle East, I have two humanitarian appeals: To Hamas, the hostages must be immediately released without conditions. To Israel, rapid & unimpeded access for humanitarian aid must be granted for the sake of the civilians in Gaza." / X (twitter.com)

ハマスによる人質解放、イスラエルによる人道援助アクセスの即時無条件開放。これらを次のように強く求めている。

Each one of these two objectives are valid in themselves.  They should not become bargaining chips and they must be implemented because it is the right thing to do.

とくにエジプト、ヨルダン、ヨルダン川西岸地区イスラエルからの国連緊急援助物資のガザ地区内への供給ルート確保が急務だとしている。ハマスによるイスラエル市民に対する最初の急襲と虐殺についても、またイスラエルの報復行動そのものの是非についても沈黙し、もっぱら現在進行中の人道危機の打開を急務としている。

先述のグリフィス人道問題担当事務次長もこれに呼応している(日本時間10月16日午前5:30付)。

UN Spokesperson on X: ".@antonioguterres makes 2 appeals: To Hamas, hostages must be immediately released without conditions To Israel, rapid and unimpeded access for humanitarian aid must be granted for humanitarian supplies and workers for the sake of the civilians in Gaza https://t.co/FjMrZNB1Av" / X (twitter.com)

これに先立ち、イスラエル外務省は公式アカウントで、人道危機を訴え、ガザ地区の封鎖措置を批判するグリフィス人道問題担当事務次長を「罵倒」していた(日本時間10月16日午前0:35付)。

Israel Foreign Ministry on X: "Shame on you @UNReliefChief. If anyone's humanity is failing its yours': you describe the October 7th brutal massacre of Israeli civilians of historic proportions as another mere 'attack' #HamasisISIS.  The UN's humanity and promise of never again is failing. https://t.co/8SrzC8eg1P" / X (twitter.com)

「恥を知れ」「人道性が欠けているとすればそれはあなたの方だ」というのは、いくら何でも「外務省公式アカウント」の国連幹部に対する言葉ではないのではないか。

とはいえ、この外務省コメントを注意深く読むと、「あなたは10月7日の〔ハマスによる〕イスラエル市民の残虐で歴史的規模に匹敵する虐殺〔massacre〕のことを単なる別の『攻撃〔attack〕』と記載している」と書かれている。グリフィス事務次長のイスラエル非難そのものが問題なのではなく、国連の責任者である彼による問題の扱い方、評価軸が問題とされているのである。ユダヤ人に対するホロコーストと、今回の件の共通の背景をなす反ユダヤ主義が念頭に置かれているのは間違いなく、今回の件を別の事例と比較して相対化することを厳しく戒めているのである。

イスラエル外務省のコメントは、「国連の人道性、そして『二度と繰り返さない』という誓いこそが欠落している」と結ばれている。当然にもこれは、反ユダヤ主義者に対してのみ求められている誓いではなく、イスラエル政府がガザ地区市民に対してとっている措置、とりわけガザ地区の完全封鎖、水・電気・食料・燃料供給の停止、そして今回の100万人規模の退避命令に対しても求められているものである。だから「人道性、『二度と繰り返さない』という誓いが欠落している」という罵倒はイスラエル政府にもブーメランとなって戻ってくることになるが、この点の自覚がどこまであるか、疑わざるを得ない。

「罵倒」の対象となった、グリフィス事務次長の日本時間10月15日午前0:26付声明を見てみよう(ちなみにこれは、この後で出されたグテーレス事務総長の声明と同趣旨。「戦争にも〔国際人道法などの〕ルールがあり、それはつねに、あらゆる立場から遵守されなければならない」と主張している)。

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Martin Griffiths on X: "It’s been a dreadful week. Humanity must prevail. https://t.co/vQUMy2jK1q" / X (twitter.com)

イスラエルについての記載は、「イスラエルでは、家族が先週土曜日の攻撃〔last Saturday's attack〕によって打ちひしがれている。1,000人以上の人びとが殺害され、さらに多くの人々が負傷している。100人以上の人びとが人質にされている。」とのみある。あとはもっぱらガザ地区住民に関する懸念が述べられている。確かに、「虐殺」ではなく「攻撃」と書いている。この「アンバランス」が、イスラエル当局者には最初の「虐殺」への軽視だと映ったのであろう。

なお、朝日新聞がこの件を報じたが、公開部分では上述の事実関係については触れず、「イスラエル外務省、国連幹部に「恥を知れ」 避難勧告批判され不満か」とのみ述べている。

イスラエル外務省、国連幹部に「恥を知れ」 避難勧告批判され不満か

 イスラエル外務省は15日、国連のグリフィス事務次長(人道問題担当)に対し「恥を知れ」とX(旧ツイッター)上で非難した。パレスチナ自治区ガザ地区への地上侵攻の可能性が高まるなか、グリフィス氏はガザ市民への避難勧告などを批判しており、イスラエル側がいらだちを募らせているとみられる。

 グリフィス氏は英国の外交官出身で、国連人道問題調整事務所(OCHA)のトップも兼務する。14日には「おそろしい1週間だった」と題した声明をXで公表。「ヒューマニティー」が、悲惨な現状に「勝らなければならない」と主張した。「ヒューマニティー」は人道性や人間性のほか、人類全体を意味する。

 声明では「戦争にもルールがあり、そのルールはいかなる時も、いずれの側にも守られねばならない」と指摘。ガザ地区の「危機的な状況」に触れ、民間人保護の重要性を訴え、「この1週間はヒューマニティーにとっての試練であり、ヒューマニティーは落第している」と結んだ。

イスラエル外務省、国連幹部に「恥を知れ」 避難勧告批判され不満か(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

※ 続きのある元記事は有料扱い:イスラエル外務省、国連幹部に「恥を知れ」 避難勧告批判され不満か [ガザ情勢]:朝日新聞デジタル (asahi.com)

これではイスラエルの退避命令そのものについてのグリフィス事務次長の批判に対して、イスラエル外務省が不満を抱いたのだと、読者をミスリードする可能性があるだがこれは根本的な誤りである。上述のように、イスラエル政府が不満、というよりむしろ憤りを覚えているのは、国連幹部という責任ある立場にある者が、このたびの「ユダヤ人虐殺」を軽んじるという挙に及んでいるのではないか、という点にある。記事の有料部分を確認すると、簡単にコメントの内容と経緯が触れられているものの、(訳も含めて)十分なものではない。

繰り返すが、「人道性、『二度と繰り返さない』という誓いが欠落している」という、イスラエル外務省がグリフィス国連事務次長、および国連そのものに対して投げつけた言葉は、イスラエル政府にもブーメランとなって戻ってくる。この点の自覚がどこまであるかが、いま問われている。

「国際社会の法の支配」に関して求められる日本のコミットメント

いちはやく出された篠田英朗氏の論考。

ハマスの「イスラエル攻撃」で泥沼の構図に引きずりこまれた欧米諸国と「日本の取るべき立場」(篠田 英朗) | マネー現代 | 講談社 (gendai.media)

末尾の次の提言が傾聴に値する。

ロシアのウクライナ全面侵攻以来、岸田首相をはじめとする政権高官は、「国際社会の法の支配」の重要性を訴えてきている。イスラエルパレスチナ問題に接しては、「国際社会の法の支配」を言うことを控える、というのは、全く望ましくない。あるいは欧米諸国の建設的な関与を引き出すためにも、実際のところカギとなるのは、「国際社会の法の支配」だ。

蛮行に対抗して市民を保護するための「イスラエル自衛権の行使」については、支持や理解を表明していい。他方、その自衛権の濫用を少しでも予防するため「国際人道法にのっとった武力行使」の重要性を愚直に訴えていくべきだハマスだけでなくイスラエル戦争犯罪行為も、指摘あるいは糾弾していかなければならない。またイスラエルの占領が国際法違反であることも、繰り返しあらためて確認してよい。欧米諸国にも、できるだけその方向性で協調してもらえるように、働きかけるべきだ。

現状でいきなり中東和平のようなものを訴えるというよりは、ガザ住民のための人道回廊の設置や、人道援助機関のアクセスの確保などの具体的な課題に言及して、真剣さを見せたい。しかも「文民の保護」という国際社会で普遍性を持つ規範に訴えていきながら、主張していきたい。

混迷する中東情勢に、明確な座標軸がないように感じられるだろう。しかし前に進むための手がかりは、自らが標榜しているはずの「国際社会の法の支配」にこそある。

(強調は引用者)

 

人道危機と国際法

国際法を遵守する当事者は、端的に言えば、すべての国家、すべての人類、ということになる。その際に国際法遵守を当事者に求める主体の代表は、やはり国連であろう。その国連の「人道問題担当事務次長」であるマーティン・グリフィス氏が10月14日付で緊急声明を出した。

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Martin Griffiths on X: "The order to evacuate 1.1 million people from northern Gaza defies the rules of war and basic humanity. https://t.co/8WlNTKtfaF" / X (twitter.com)

すでにグリフィス氏は10月10日にも戦時国際法遵守(捕虜の保護、人質の即時解放、民間人と民間インフラの保護、物資供給路の確保)を強く訴えている。

Statement by Martin Griffiths, Under-Secretary-General for Humanitarian Affairs and Emergency Relief Coordinator, about the situation in Israel and the Occupied Palestinian Territory

 

The scale and speed of what’s unfolding in the Occupied Palestinian Territory and Israel is bone-chilling.

Hundreds of Israelis have been killed and thousands have been injured. Scores are being held captive, facing appalling threats to their lives. Thousands of indiscriminate rockets have been launched into Israel.

In densely populated Gaza, hundreds of Palestinians have been killed and thousands have been injured in intense bombing. Homes, health centers and schools sheltering displaced families have been hit. The whole city is now under a siege order. 

My message to all sides is unequivocal: The laws of war must be upheld.

Those held captive must be treated humanely. Hostages must be released without delay. 

Throughout hostilities, civilians and civilian infrastructure must be protected. Civilians must be allowed to leave for safer areas.

And humanitarian relief and vital services and supplies to Gaza must not be blocked. 

The whole region is at a tipping point.

The violence must stop.

New York, 10 October 2023   (強調は引用者)

 

Statement by Martin Griffiths, Under-Secretary-General for Humanitarian Affairs and Emergency Relief Coordinator, about the situation in Israel and the Occupied Palestinian Territory | United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs - occupied Palestinian territory (ochaopt.org) 

このなかの「民間人の安全地域への退避」を受けてか、イスラエル政府は北部の住民(およそ110万人)を24時間以内に南部へ退避させることを求めたが(Israel Defense Forces on X: "IDF announcement sent to civilians of Gaza City: The IDF calls for the evacuation of all civilians of Gaza City from their homes southwards for their own safety and protection and move to the area south of the Wadi Gaza, as shown on the map. The Hamas terrorist organization…" / X (twitter.com))、グリフィス氏の10月14日付声明はこの要求が「戦時国際法と基本的人道に抵触するものだ」と明言している。

道路も家も破壊されて逃げ場もなく、多くの人が亡くなりまたは負傷して、恐怖に打ちひしがれているなかで、空爆を止めることもないまま、さらに人道援助もないまま、100万人以上の住民を一度に移動させる、などというのは常軌を逸している、というのだ。

国連パレスチナ難民救済事業機関人道支援活動を継続するために活動拠点をガザ南部に移転したという。

イスラエル、ガザ住民に退避通告 地上戦か、「大規模作戦」実施―ハマス襲撃から1週間:時事ドットコム (jiji.com)

UN Country Team in Palestine: Statement on Israel’s announcement to relocate residents of Gaza southwards | United Nations in Palestine

この声明では、イスラエル側の退避要求の撤回を求めている。

 

(参考)

国連人道問題養成事務所 United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs (OCHA) OCHA (unocha.org)  100513064.pdf (mofa.go.jp)

OCHAによる人道支援のためのフラッシュ・アピール Hostilities in Gaza and Israel - Flash Appeal for the Occupied Palestinian Territory, Version 1 as of 12 October 2023 - occupied Palestinian territory | ReliefWeb

 

ミアシャイマーの悲劇リアリズムという教条主義

ミアシャイマーをめぐる状況がわかりやすくまとめられているインタビュー記事。

「世界で最も嫌われる学者」ジョン・ミアシャイマーの悲劇 | ウクライナ危機をめぐる自説で物議を醸し続け… | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)

人類は世界の悲劇から永遠に逃れられないのか? | 「リアリスト」国際政治学者ミアシャイマーに聞く | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)

後半の記事のなかで、ローレンス・フリードマンミアシャイマーについて次のように評価しているが、これはリアリズムがその反対の教条主義に転化する可能性を指摘するものでもある。

ジョン(・ミアシャイマー)がロシアの行動を解説すると的外れになるのは、国際システムばかり見て、国内で何が起きているのかを見ようとしていないからです。

彼はウクライナNATOに加盟しようとしていたと言っていますが、そんな事実はありません。また、ウクライナには自国の針路を決める権利がないといったことを言って悪びれる様子もありません。ロシアがウクライナをまるで植民地であるかのようにみなして振る舞っていることも見ようとしていません。

私はリアリストを自任していますが、いまそこにある現状を見て判断するのが私のリアリズムです。何らかの理論に教条主義的に固執して、自分が見たい現実を見ようとするリアリズムではありません。 (強調は引用者)

ミアシャイマー自身の「理論」は、彼自身の言葉で次のようにまとめられる。

何が悲劇なのかというと、たとえばここにふたつの国家があるとします。どちらの国家も、現状で満足し、戦うことにも、権力をめぐって争うことにもまったく関心がないとします。しかし、両国とも、相手の国が何を考えているのかがわかりません。加えて両国ともアナーキーな国際システムのなかで動かなければなりません。その状況では、両国とも、相手国が引き起こしかねない最悪の事態を想定しなければなりません

その結果、両国は権力をめぐって争うことになるのです。多くの人は、この悲劇の論理から抜け出すのは無理だと言われても納得しません。しかし、私が言いたいのは、この世界では、大国がつねに安全保障のために争いはじめ、ときには戦争が勃発してしまうことです。私たちがそんな世界から抜け出すことは未来永劫、不可能なのです。 (強調は引用者)

ミアシャイマーに言わせれば、「悲劇の論理から抜け出せないこと」こそが、厳然たる「事実」なのである。そしてこの「悲劇の論理」という「教条」に忠実に従う政治家がいるのも「事実」だということになる。現にその筋書き通りに、ロシア・ウクライナ戦争が進行している。

一方、上述のフリードマンの「いまそこにある現状を見て判断するリアリズム」にも、「現状」の追認ではなく一定の「判断」にあたっては、上位の価値や規範が必要とされるはずだ。目の前の現実から自動的に一定の結論が出てくるわけではない。事実を踏まえるのは手続き上の問題であり、必要条件ではあるが、十分条件ではない。

いわゆる「リアリズムか、それともリベラリズムか」というのは、さまざまな誤解を招くという意味でも問題だ。とくにこの対立軸は、研究手法や研究姿勢の問題;「現実を踏まえるか、それとも価値や規範・信条を語るか」としてとらえるか、それともイデオロギーの問題;「戦争をしばしば伴う勢力均衡説か、それとも自由と民主主義を中心とする平和維持説か」としてとらえるかによって、論者の見解の評価軸として大きく異なってくる。その意味で言えば、ミアシャイマーは研究手法の意味ではやや「リベラリズム」に近く、彼が「リアリズム」の立場に立つというのは、主としてイデオロギー上のことだということになる。

記事によれば、ミアシャイマーフクヤマのリベラル・デモクラシー進歩史観も、その師でミアシャイマーも大きな影響を受けたというハンチントンの文明衝突論も、ともに受け入れることはできないという。とするとこれは大まかに言えば、文化(ソフトパワー)要因を度外視した、政治的・経済的覇権と軍事力(ハードパワー)だけによる勢力均衡論だということになる。中国人はしきりにミアシャイマーとの議論をしたがるそうだが、いずれ米中の軍事衝突は避けられないとするミアシャイマーの結論は、この立場から必然的に導かれる。

文化要因を考慮に入れれば、結論は異なるものになる可能性が大きい。これは、ウクライナからパレスチナへと戦火が拡大する状況下で、中国がどのように振る舞うか、という問題にも関連してくる。

(10/14追記)中国政府の提案:中国・王毅外相 イスラエルを批判、 問題解決のための国際会議開催を提案 | TBS NEWS DIG (1ページ)