フラトリサイド戦争の行方

正教会に関する詳報が出た（ロイター）。

焦点：ウクライナ侵攻による正教会の混乱、孤立するロシア総主教 | ロイター (reuters.com)

正教会（Orthodox Church）には教区にそれぞれ総主教（Patriarch）がおり、これは古代の五大総主教座（ローマ；現カトリック以外）に由来する総主教（コンスタンティノープル（全地の総主教Ecumenical Patriarch；名誉上の最高地位）、アレクサンドリア、アンティオキア、エルサレム）と、のちに成立した総主教（独立年代順；ブルガリア〔927〕、グルジア〔1008〕、セルビア〔1375〕、モスクワ〔1589〕、ルーマニア〔1925〕）とに分かれる。それぞれの総主教のいる正教会に加えて、ギリシア、日本等、総主教でなく首座主教のいる独立正教会がある。だがいずれも信仰は一つものなのだという。

正教会 - Wikipedia

この正教会がこのたびの戦争で分裂の危機にある（というより、火種の一つでもある）。

モスクワとコンスタンティノープルの断交 - Wikipedia

ロシア正教会が総主教庁との関係断絶ウクライナ正教会独立めぐり　写真2枚　国際ニュース：AFPBB News

コンスタンティノープル総主教は「全地の総主教」とはいいながら、東ローマ帝国滅亡（1453）以来、オスマン帝国の支配下に置かれ、同帝国の滅亡（1924）、トルコ共和国成立以降も、バルカン半島諸国の独立もあって「正教会を信奉する国家の後ろ盾も、一カ国の管轄という権能もなく、教権的な実権をほぼ完全に失い、名誉職的な性質が強まった」（Wikiの記載）。

これに対して、ロシア帝国、ソビエト連邦の時代（とりわけ後者による弾圧、懐柔）をへて教権を拡大し、現在、最大の信徒を有するのがロシア正教会（モスクワ総主教庁）である。

1991年、ウクライナ独立に伴い、ウクライナ独立正教会、ウクライナ正教会・キエフ総主教庁の承認をめぐってコンスタンティノープルとモスクワの総主教庁が対立（同様の対立がエストニアでも起こった）。

2014年のクリミア危機以降、ウクライナで反ロシア感情が高まり、2018年4月、全地総主教庁の名の下、コンスタンティノープル総主教庁が上記２教会の独立を承認、合同して独立正教会としてウクライナ正教会が成立する。モスクワ総主教庁はこれに対抗して、所属する聖職者と平信徒がコンスタンティノープル総主教管理による「領聖、洗礼、結婚」を行うことを禁じた（Wikiの記載）。

（なお、ウクライナにはモスクワ総主教庁系のウクライナ正教会もある。ロイターによれば、このたびの戦争ではモスクワ総主教系のウクライナ正教会も「同胞間の戦争の即時停止」を要請したという。）

これに続きロシア正教会は新生ウクライナ正教会を承認したギリシア正教会、アレクサンドリア総主教庁、キプロス正教会との断交を宣言する。1054年のシスマ以来最大の教会分裂だとも言われている。

（参考；佐藤優氏による2018年段階の分析によれば、この分裂の背景にはコンスタンティノープル総主教庁が反共亡命ロシア人を支援するにあたってNATO加盟諸国と価値観を共有するようになったことがあるという。ロシア正教会の断交方針はプーチン大統領が主導したとのこと。「NATOとロシアの代理戦争」と佐藤氏が称したこの対立、現在は「本当の戦争」に近づいている。【佐藤優の世界裏舞台】正教会による代理戦争（1/2ページ） - 産経ニュース (sankei.com)）

ちなみに日本正教会はどのような立場であるのか。

開国間もない1861年、函館のロシア領事館附属礼拝堂司祭に着任したニコライが日本における正教の伝道者とされる（日露戦争時も帰国せず、1912年、日本で永眠）。このときまだ日本正教会（日本ハリストス正教会）は母教会（伝道の母体）であるロシア正教会の管轄下にあった。自治教会となって（1970年）以降もロシア正教会の影響が強く、現在の先に触れた断交方針にも従っているという。

この間、日露戦争、ロシア革命、太平洋戦争を経て、特にソ連時代に大きな変遷があったようだ。太平洋戦争終結後、GHQの指令により、米国の正教会との関係を深めた（アメリカから主教を迎えた；ただしアメリカ正教会もロシアから伝道）が、1970年、モスクワと関係を改善して独立教会となっている。

（参考）

：日本正教会 The Orthodox Church in Japan (orthodoxjapan.jp)

日本の正教会の歴史と現代：日本正教会 The Orthodox Church in Japan (orthodoxjapan.jp)

さて、現在の戦争に対する正教会のスタンスだが、ロイターの記事にもあるように、モスクワ総主教が今回の戦争をに西欧的価値への対抗手段として「祝福」している一方で、300名近いロシア正教の司祭および助祭が「兄弟殺し〔英訳するとfratricidal war；カインとアベル以来〕の終結」、停戦・和解を呼び掛けている。

APPEAL OF THE CLERGY OF THE RUSSIAN ORTHODOX CHURCH WITH A CALL FOR RECONCILIATION AND AN END TO THE WAR (google.com)

次のような主張も含まれる（機械翻訳に若干の修正）。

我々は、神から与えられた人間の自由を尊重する。そして我々は、ウクライナ国民が、銃を突きつけられることも、西側からも東側からも圧力を受けることもなく、独立して選択を行うべきだと信じている。

またこうも述べられている（同）。

平和と戦争の終結を求めるいかなる非暴力的な呼びかけも、これを強制的に抑圧し、違法行為と見なすべきではない。

（狭い意味で）宗教的な内容として、次の主張に注目したい。

（邦訳）世の命のために救い主によって流されたキリストの血が、命ではなく永遠の苦しみの中に残忍な命令を下す人々によって聖餐〔領聖〕として受領されることを思い出してください。

（英訳）We remind you that the Blood of Christ, shed by the Savior for the life of the world, will be received in the sacrament of Communion by those people who give murderous orders, not into life, but into eternal torment.

ここのくだりが意味するものは不明だが（訳にも問題あり？）、直前の箇所で「ロシア正教の信徒たちを、いかなる地上の権威も免れ得ない最後の審判に出廷させるわけにはいかない」と述べているので、戦争指導者に対するなんらかの批判が意図されているのかもしれない。

次の呼びかけが最も重要な、具体的な結論であろう。