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全人的教養を目指すゼミ@下関の活動報告です

ドーム・レーマー・プロジェクトの経緯(2)

以前の記事(※)の続編です。今日はプロジェクト実現に先立って解体された「技術局庁舎」(Technisches Rathaus)について。

scuglobal.hatenablog.com

 2007年当時のドーム周辺の景観は次のようになっていました。

Datei:Technischesrathaus-ffm001.jpg – Wikipedia

お世辞にもドームや周辺の建物と調和がとれているとは言いがたいこの技術局庁舎、「ブルータリズム」という様式で建てられています。

ブルータリズム - Wikipedia

「冷酷で厳しい獣のような(すなわちブルータルな)手法を用いた表現主義」だそうですが、なぜ、よりにもよって人々が魂の救いを求めてやってくるはずの、伝統ある教会建築に隣接して「冷酷で厳しい」建物を建てなければならなかったのか、なんとも不思議です。

ちなみにこの建物が存在したのは1974年から2009年。わずか35年間です。

建設までの経緯もあわただしく、1963年に3名の建築家チームによる技術局、図書館、ホテルなどの複合施設とする計画が採用されたのですが、その後の財政難で実現には至らず、おまけに建築家による予算要求の不当な上乗せ(どこかで聞いたことのある話?)まで発覚して、結局、1969年には計画が全面的に見直されます。

Technisches Rathaus (Frankfurt am Main) – Wikipedia

建設反対運動も起こりますが、結局、先のような形で建設されました。こうした経緯の背景には、当時のフランクフルトの都市計画責任者ハンス・カンプフマイヤー(Hans Kampffmeyer, 1912-1996)氏の思想もあったと思われます。

カンプフマイヤー氏の都市計画思想は、「集中による都市化」(Urbanität durch Verdichtung)だったそうです。これにより彼はのちに「土地投機と利益追求に拍車をかけた」と批判されています。

Hans Kampffmeyer der Jüngere – Wikipedia

 (記:桐原隆弘・教員)