ガザ問題への哲学からのアプローチ(メモ)
グテーレス国連事務総長の声明。
・大勢の死者と難民
・水、食料、燃料、電気、医薬品の欠乏
・不衛生な避難所
・大半の避難民の飢餓
・医療崩壊
国連憲章99条(「事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる。」)に基づく、安保理による人道的停戦要求への要請は当然である。
国連事務総長 安保理に停戦求めるよう要請 国連憲章99条基づき | NHK | イスラエル・パレスチナ
停戦要求決議案は、英の棄権、米の拒否権発動により否決。
安保理 ガザ地区の停戦決議 アメリカ拒否権で否決 | NHK | 国連安全保障理事会
事務総長の声明には、「集団的懲罰」の非難が含まれている。
イスラエルが、10月7日にハマスや他のパレスチナ武装勢力によって解き放たれた残忍なテロ攻撃に呼応して軍事作戦を開始したことは、周知の事実です。
私はこれらの〔パレスチナ武装勢力による〕攻撃を無条件に非難します。性暴力の報道に愕然としています。
33人の子供を含む約1200人を故意に殺害し、数千人を負傷させ、数百人を人質に取ったことを正当化する理由はない。
約130人の人質が今も拘束されている。私は、彼らの即時かつ無条件の釈放と、彼らが解放されるまでの人道的な扱いと赤十字国際委員会の訪問を求めます。
同時に、ハマスが犯した残虐行為は、パレスチナ人民の集団的懲罰を正当化することはできない。
また、ハマスによるイスラエルへの無差別ロケット弾の発射や、民間人を人間の盾として使うことは、戦時国際法違反であるが、そのような行為は、イスラエル自身の違反を免責するものではない。
国際人道法には、文民を保護し、区別、均衡、予防の原則〔principles of distinction, proportionality and precaution〕を遵守する義務が含まれている。
また、戦時国際法は、人道支援物資の円滑な提供を促進することを含め、民間人の基本的なニーズを満たさなければならないと定めている。
国際人道法は選択的に適用することはできない。それは常にすべての当事者を平等に拘束し、それを遵守する義務は相互主義に依存しません。〔International humanitarian law cannot be applied selectively. It is binding on all parties equally at all times, and the obligation to observe it does not depend on reciprocity. 〕
最後の「国際人道法は選択的に適用することはできない」「それを遵守する義務は相互主義に依存しない」というのは、国際人道法は先方が違反したとしても、それによって当方の遵守義務を免除するものではない、ということを述べたものだ。
さて、この間、哲学者はどのような反応を示してきたか。
まずは、米国の哲学者ジュディス・バトラーを含むユダヤ系知識人らの、バイデン大統領への公開書簡(10/19付)。
私たちはイスラエルとパレスチナの民間人に対する攻撃を非難します。私たちは、ハマスの行動を非難し、なおかつ〔同時に〕パレスチナ人に対する歴史的かつ現在も続く抑圧を認識することが可能であり、また実際に必要であると信じています。私たちは、ハマスの攻撃を非難し、なおかつ〔同時に〕私たちが執筆している間に展開され、加速しているガザ人への集団的懲罰に対して立ち向かうことが可能であり、必要であると信じています。
集団的懲罰の非難を、筆者らは国連事務総長と共有する。だが、〔10/7の越境攻撃の「前史」としての〕イスラエルによるパレスチナ人抑圧については、事務総長は当初、理解を示すかのような発言をしていたが、上記のように現在は、「33人の子供を含む約1200人を故意に殺害し、数千人を負傷させ、数百人を人質に取ったことを正当化する理由はない。」と、見解を変えている。
米国政府は、罪のないガザ人の非人間化と殺害に対して「道徳的」かつ物質的な支援を提供している。
このような米政府批判と、即時停戦の要求が、公開書簡の趣旨である。
バトラーは、パレスチナ人をハマスと同一視することに警鐘を鳴らし、パレスチナ人の生存および権利を保証することを強く要求している(彼女はシオニズムに反対する立場のユダヤ人である)。
公開書簡とほぼ同趣旨だが、以下の哲学者らの声明(11/1付)には、「領土の包囲により、食料、水、医薬品、燃料、電気が遮断され」た状況でのガザ北部の空爆、および「安全な場所を失った地上侵攻」への非難、「16年間のガザ封鎖、56年間のヨルダン川西岸地区とガザ地区の占領、イスラエル建国以来4分の3世紀に及ぶパレスチナ人の追放」の指摘、そして即時停戦と「ヨルダン川と地中海の間に現在住んでいるすべての人びと、そして亡命パレスチナ難民の権利の尊重」の要求など、より具体的な言及が見られる。
この声明に対する、セイラ・ベンハビブ(イスタンブール出身)による公開書簡形式での反論(11/4付)。
あなた方は次のように書いています:「ガザの人々は世界中の同盟国に対し、即時停戦を要求するよう各国政府に圧力をかけるよう訴えています。しかし彼らは、これが解放に向けた集団行動の終わりではなく、始まりであるべきであること、そしてそうしなければならないことを明確にしている。」これらの要求を支持することで、あなた方はパレスチナ「解放闘争」の先兵とされるハマスの立場も支持することになります。これは大きな間違いです。ハマスはガザの民間人を人質として扱う虚無主義的な組織です。 ガザの路上で子供たちが死亡する中、組織のリーダー、イスマイル・ハニヤはカタールの高級ホテルに座っている。確かに、アムネスティ・インターナショナルが述べたように、「ガザは世界最大の野外刑務所である」が、これはハマスが絶滅主義組織であり、その憲章がイスラエル国家の破壊を承認しているという事実によるものでもある。あなた方も次のように書いて、暗黙のうちにこれを支持しているようです。「正義と平和があるためには、ガザの包囲は解除されなければなりません。占領は終わらなければならず、ヨルダン川と地中海の間に現在住んでいるすべての人々、そして亡命中のパレスチナ難民の権利が尊重されなければなりません。」 …しかし、ハマスは「ヨルダン川と地中海の間に現在住んでいるすべての人々の権利を尊重する」ことに専念する政治組織だと思いますか? これは歴史と論理に反します。ハマスはイスラエル国家の破壊に専念している。私はそれを支持しませんが、あなた方はどうなのですか? ここであなたの論証を導いているのは、どのような道徳的または政治的論理なのですか?
2023 年 10 月 7 日は、イスラエルと離散ユダヤ人にとって単なる転換点ではありません。それはパレスチナ闘争の転換点となるに違いない。パレスチナ人民はハマスの惨劇から解放されなければならない。2023 年 10 月 7 日に行われた暴力行為 - 遺体の冒涜と切断。子供や赤ん坊の殺害。音楽祭で生きたまま焼かれる若者たち。強姦、儀式的殺人、誘拐は戦争犯罪であるだけでなく、人道に対する犯罪でもあります。彼らはまた、暴力のポルノを楽しむイスラム聖戦士イデオロギーがこの運動を追い抜いたことも明らかにした。パレスチナのための闘争とユダヤ人の殺害は現在、ジハードとみなされている。トルコ大統領は、トルコ共和国建国100周年記念式典で、国内の独裁政治を報道するのに都合のよいときは、イスラム主義の旗を掲げる瞬間を決して逃さず、ハマスを「ムジェハード」(聖戦戦士たち)と呼んだ パレスチナ人民は、現在彼らの運動を追い越しつつあるこの破壊的なイデオロギーと戦わなければなりません。
次の表現には、ガザ情勢の複雑さへの困惑もにじむ。
戦争犯罪を犯したのはハマスだけではありません。イスラエルはガザ地区でも同様の取り組みを進めている。 敵対状況下での民間人の「不均衡な」暴力と破壊は戦争犯罪です。ガザの子供たちは武力交戦規定の冷酷な言葉で言えば「巻き添え被害」となっており、現在〔死者数が〕9000人を超えているとみられるガザの民間人への爆撃を避けるために全力を尽くしなかったイスラエルは非難されなければならない。しかし、私たちは、ハマスが武器や本部を病院やモスクの下に置くという完全なニヒリズムと冷笑主義を無視することはできない。イスラエルから攻撃を受けた場合、世界規模の怒りを引き起こすことを彼らはよく知っているのである。
当事者性をやや欠いた(またはそれが限定された)状況で発出された、フランクフルト大学「規範秩序」研究グループの声明(11/13付)。
Grundsätze der Solidarität. Eine Stellungnahme - Normative Orders
なぜ当事者性が欠けている(または限定されている)のかといえば、この声明文が、「イスラエルとドイツのユダヤ人との正しく理解された連帯」を中心につづられているからである。
物議をかもしたのは次のくだりだ。
ユダヤ人の生命全般を抹殺することを宣言したハマスの虐殺は、イスラエルの反撃を促した。 原理的には正当化されるこの報復がどのように行われるかは、物議を醸す議論の対象となっている。比例原則、民間人の死傷防止、将来の平和の見通しを持った戦争の遂行が指導原則でなければならない。しかし、パレスチナ住民の運命に対するあらゆる懸念にもかかわらず、大量虐殺の意図がイスラエルの行動に帰せられるならば、判断の基準は完全に崩れる。
「ドイツにおける」反ユダヤ主義を抑止する必要性を唱えるこの声明文は、別の(さらに限定された)状況から生まれたと推察することができる。それは、同日開催された、ドイツにおける反イスラム主義を扱う学術会議と関連がある。
Muslimfeindlichkeit – eine deutsche Bilanz - Normative Orders
冒頭の「規範秩序」研究拠点リーダー(ニコール・ダイテルホフおよびライナー・フォアスト)の挨拶。
Muslimfeindlichkeit. Zur Eröffnung einer Konferenz - Normative Orders
会議の様子を伝える報道記事(11/15付)の引用。
Debatte über Muslimfeindlichkeit - Normative Orders
主催者として、このタイミングで「反イスラム主義」を扱う会議を実施する「苦渋の」決断に至った経緯が述べられている。したがって、同日付のドイツにおける「反ユダヤ主義」への警鐘声明は、ユダヤ人・イスラエル国民側への(またフランクフルト学派のユダヤ的ルーツへの、やや過剰な)カウンターバランスと見ることもできそうだ。当事者性が欠けている(または限定されている)と見ざるを得ないのは、彼女らが見ているのが、同研究拠点を取り巻く狭いコミュニティでしかないかのようだからである。
ともかく、同研究拠点でのガザ問題へのアプローチの今後の展開については、別途期待したい。そのためのきっかけとなると思われる、公開書簡形式での反論(11/22付)。
The principle of human dignity must apply to all people | Israel-Gaza war | The Guardian
私たちは著者らとともに、2023年10月7日のハマスによるイスラエル民間人の殺害と人質を非難し、反ユダヤ主義の高まりに直面してドイツにおけるユダヤ人の命を守るという極めて重要な必要性に全面的に同意する。私たちはまた、「ドイツ連邦共和国の民主主義精神」の中心部分として、すべての人々の人間の尊厳を尊重するというこの声明の立場の根拠にも同意します。
しかし、私たちは著者たちが表明した連帯の明らかな限界に深く悩まされています。人間の尊厳に対するこの声明の懸念は、死と破壊に直面しているガザ地区のパレスチナ民間人には十分に及んでいない。また、反イスラム感情の高まりに直面しているドイツのイスラム教徒にもそれが適用されたり拡大されたりすることはない。連帯とは、人間の尊厳の原則がすべての人々に適用されなければならないことを意味します。そのためには、武力紛争の影響を受けるすべての人々の苦しみを認識し、それに対処する必要があります。
声明は、「大量虐殺の意図がイスラエルの行動に帰せられるならば、判断基準は完全に崩れる」と主張している。ジェノサイドの法的基準が満たされているかどうかについて、ジェノサイド学者や法律専門家の間で議論が続いている。人権団体は国際刑事裁判所と米国の連邦裁判所に大量虐殺を主張する訴訟を起こした。ブラウン大学のホロコーストとジェノサイド研究の教授であるオメル・バルトフは、最近、私たちに次のことを思い出させてくれました。「私たちは歴史から、ジェノサイドが起こった後に遅ればせながら非難するのではなく、ジェノサイドが発生する前にその可能性について警告することが重要であることを知っています。まだその時間はあると思います。」連帯を示し、人間の尊厳を尊重するということは、私たちがこの警告に留意し、大量虐殺の可能性についての議論と熟考の場を閉ざしてはならないことを意味します。 すべての署名者がジェノサイドの法的基準が満たされていると信じているわけではない。それにもかかわらず、これは正当な議論の問題であることに全員が同意します。
「規範秩序」研究拠点からの声明への反論を掲載したガーディアン紙の報道。
Israel-Hamas war opens up German debate over meaning of ‘Never again’ | Germany | The Guardian
現代版「大西洋憲章」の必要性
ユヴァル・ノア・ハラリがイスラエル国内紙に寄せた記事の翻訳が出ている。
「イスラエル国民は『ハマスの壊滅』という約束以上のものを求めている」 | ユヴァル・ノア・ハラリが地元紙で訴えたこと | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)
ここで言及されているのは、1941年8月14日の大西洋憲章(Atlantic Charter)である。現代版の大西洋憲章、または「イスラエル憲章」が、いまこのタイミングで必要なのだと、ハラリは主張する。
1941年8月、ローズヴェルトとチャーチルは、単に「ナチスの壊滅」について漠然と話したのではなかったのだ。それと同じで、いまのイスラエル国民も「ハマスの壊滅」という漠然とした約束より、もっと奥行きがあり、もっと建設的な何かを至急必要としているのである。
第二次世界大戦の行方が見通せなかった当時、すでに連合国は戦後の世界秩序を具体的に描いていた。民族自決権、領土保全、貧困からの自由も、そのなかには含まれていた。そうした「理念」を伴う戦後秩序への具体的見通しがない場合、武力行使の正当化にことごとく失敗したとしても当然である。
そうこうするうちに、米国は戦後秩序に言及せざるを得なくなってきたようだ。
米など、ハマス支配終了後のガザ巡り複数の選択肢検討=国務長官 | ロイター (reuters.com)
米とイスラエル、ハマス排除後のガザで多国籍軍展開を検討-関係者 - Bloomberg
後者の記事、以下の選択肢が言及されている。
1) ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの排除にイスラエル軍が成功することを前提に、米軍も参加する多国籍軍を展開する
2) 1979年のエジプトとイスラエルの平和条約の履行を監視するために導入された仕組みをモデルに平和維持軍を編成する
3) ガザを一時的に国連の監督下に置く
4) 米国と英国、ドイツ、フランスの部隊による支援の下、この地域の国々がガザ地区を一時的な監督下に置き、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)を含むアラブ諸国の代表も参加させる
ロイター記事によれば、ブリンケン米国務長官は「ハマスがガザを実効支配する現状を続けることはできないが、イスラエルもガザを支配したいとは考えていない」と述べたとのこと。当面の具体的な着地点としては「4」が有力かもしれない。最終的な目標は(実現可能性は低いものの)「「再生し機能するパレスチナ自治政府」がガザを統治すること」であるようだ。
米政府側からこうした情報が(漏れ)出てくるということは、危機的状況の裏返しである。情報漏洩の形で、米政府のイスラエルに対する意向が示されていると言ってもよい。
一方のイスラエル政府、ハラリが求める明確な理念に基づく具体的見通しはいまのところ皆無だ。というより、戦争犯罪だと指摘される難民キャンプへの爆撃など、ハマス掃討の手段が理念の類からはますます乖離し、ハラリが「仮に」と、あってはならない事態として懸念するように、
戦勝に乗じて領土を併合し、境界線を強制的に引き直し、住民を追い出し、人々の権利を蔑(ないがし)ろにし、言論に検閲をかけ、救世主に関する妄想のあれこれを現実化しようとして、イスラエルを神権政治の独裁制国家に変えようと夢想している
というのが、残念ながら現在最も蓋然性が高いと言わざるを得ない。これを米政府は明確に否定するが、イスラエル政府からはこうした「夢想」を否定するメッセージは届いていない。
ちなみに、イスラエル政府は「イスラエル憲章」を提起することはないまでも、第二次世界大戦の処理を参考にしていることは間違いないようだ。
これが事実なら、イスラエル政府は現在、第二次世界大戦の連合国の対応から、またしても理念とはまったくかけ離れた、戦術上のモデルだけを参考にしていることがわかる。実際、わずかなりとも理念があれば、日々報道されるガザ地区空爆の惨状はあり得ないであろう。ガザ地区市民の強制移住とガザ地区の部分的または全土的占領を目指しているのではないかとさえ推測させる、今の窮状を改めさせ、イスラエル政府にハマス追放後の明確な理念に基づく戦後プランを早急に描かせるために、国際世論が圧力をかける必要がある。
戦闘を強化するなら一般市民の救済に全力を挙げよ
イスラエル、ガザでの地上作戦継続を表明 首相「戦争は第2段階」 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
イスラエル軍、ガザ北部への空爆で「150の地下標的攻撃」…3夜連続で限定的な地上作戦も : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
イスラエル軍「あらゆる前線で作戦を展開」 越境攻撃が激化 [イスラエル・パレスチナ問題]:朝日新聞デジタル (asahi.com)
ネタニヤフ首相は「悪の根絶が戦闘の目的だ」と勇ましい。
ネタニヤフ氏は戦闘の目的を「ハマスの軍事、行政能力を破壊し、人質を取り戻すことだ」と主張し、「イスラエル軍が世界から悪(ハマス)を絶滅させる」と述べた。一方で、地上戦に関して、ガザ市民の被害を避けるために「あらゆることを行う」と強調。ガザ北部の市民に対し、改めて南部に避難するように求めた。 (毎日新聞)
ガザ市民を救うためにイスラエルは何をしてきたか。住民のガザ南部への非難勧告(南部でも空爆が行われているとされるが)、ラファ検問所を通じてのごくわずかな物資の搬入(10月7日以前のトラック500台/1日から以後の12台/1日に激減、医療、地下水の脱塩、等のために不可欠な石油の搬入は禁止;Statement by the Secretary-General - on the humanitarian situation in Gaza [scroll down for Arabic version] | United Nations Secretary-General)。
エジプトでの難民受け入れは難航するだろうというので、赤十字(赤新月)を通じてイスラエル領内にガザ市民を受け入れるべきだ、との提言もあるが(平和を破壊する戦争か、平和を回復する戦争か - encyclios disciplina (hatenablog.com))、提案者自身、その実施可能性には懐疑的である(Israel-Hamas War: Piers Morgan vs Yuval Noah Harari | The Full Interview - YouTube)。
現状では、イスラエル政府は戦闘を激化させるための前提条件をまったく満たしていない。これでは、ハマス掃討と人質解放とを両立させるというイスラエル政府の意思の信憑性が疑われる。それだけでなく、ハマス掃討のために不可欠だとイスラエル政府がおそらく考えているガザ地区の完全封鎖により、逃げ場を失ったガザ市民の数万人、数十万人規模の犠牲が伴うこともやむなし、とイスラエル政府が考えていると受け止められても仕方がないのではないか。
(追記)毎日記事の続報。
イスラエル地上作戦継続 ハマスが人質交渉長引かせていると判断 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
高官の次の発言に注目する必要がある。
ガラント国防相は28日の記者会見で「敵は人道的解決を望んでいない。我々が軍事的圧力を強めるほど、人質解放に応じる可能性が高まる」と述べ、地上戦と人質解放交渉は両立するとの考えを示した。
これはまさに神経戦だが、表題の主張の正当性に影響を与えるものではない。
左派知識人の連帯の動揺
ハラリを含む左派を自任する知識人の、海外の左派知識人に対する非難声明。
本ブログでも複数回紹介しているような(※)、ハマス非難の欠落に対するイスラエル政府の激しい反発姿勢に一部同調して、欧米の左派知識人・文化人がイスラエル側の責任を一方的に追及する論調に陥っている点を糾弾している。
※ グテーレス国連事務総長の声明 - encyclios disciplina (hatenablog.com)
ガザの人びとを救え - encyclios disciplina (hatenablog.com)
その欧米知識人・文化人の言説の具体例が次の記事に挙げられている。
イスラエル内外の左派知識人・文化人の連帯があって初めて、原理主義勢力の暴走を抑え、普遍的価値に基づいてイスラエル人、パレスチナ人の平和共存が可能となるという。その場合、ガザ地区のハマスを一掃し、同地を非武装化することは、同地のパレスチナ人の将来の平和な暮らしを確保するための出発点であるとする。
こうした声明にはおおいに違和感を覚えるのだが、それは、現下のガザ地区市民の窮状に声明文が一切触れていないためである。この間、ついにグテーレス国連事務総長が人道支援のための即時停戦を訴えたのだが、
この文脈で事務総長がハマスのテロ行為の「背景」に理解を示すかのような発言をしたために、イスラエル国連代表が事務総長の謝罪と辞任を要求した。
イスラエルがグテーレス事務総長の辞任を要求 (tv-asahi.co.jp)
グテーレス事務総長は、イスラエル政府に対し、次のような簡潔明瞭な反論をSNSで行っている。
これは国連での「理解」発言が誤解だとして、発言の趣旨をあらためて確認したコメントである。後半、イスラエル批判のくだりにはガザへの人道支援の妨害に対する怒りがにじむ。イスラエルによるガザ攻撃を「集団的懲罰(collective punishment)」と断定している。
イスラエル政府は国連への対決姿勢を強めている。もはや「孤立を恐れない」という構えであろう。
イスラエル、国連職員へのビザ発行停止 事務総長の批判に対抗 - CNN.co.jp
このようなヒステリックで頑なな反応は、ガザ地区の人道危機をますます悪化させる。
燃料不足で給水できず、汚水や海水を飲むガザ住民(1/3) - CNN.co.jp
ハラリは、「パレスチナ人が尊厳ある生活を送れるようにするために」と言っていたはずである。ならば、最低限、グテーレス事務総長が要求する人道支援のための停戦に、左派知識人がそろって賛同することはできないのか。
イスラエル政府の一貫した姿勢
父親がパレスチナ出身である米モデルのジジ・ハディッド(Gigi Hadid)のインスタグラム投稿に対し、イスラエル政府公式アカウント(Israel(@stateofisrael) • Instagram写真と動画)が激しい反論を行った。
パレスチナルーツのジジ・ハディッド、イスラエル非難は「反ユダヤではない」 声明に政府アカウント「あなたの言葉には何の価値もない」(1/2 ページ) - ねとらぼ (itmedia.co.jp)
概要については記事で簡潔にまとめられている。実際の投稿を見てみよう(出典:Gigi Hadid(@gigihadid) • Instagram写真と動画)。
この投稿(10月10日付)でハディッドは、「罪のない人びとに対するテロ行為(terrorizing)は、『自由パレスチナ』運動と両立しないし、これに利益を与えるものでもなく、復讐の連鎖にさらに火をつけ、親パレスチナは反ユダヤ的だ、という間違った考えを永続化させるだけだ」と述べている。これは、ハマスによるイスラエル市民に対するテロ行為を明確に批判したものと理解できる(イスラエルによる報復攻撃を指して、それをここで罪のない人びとに対するterrorizingと表現していると考えることはできない)。
だが、本人による別の「ストーリーズ」への投稿では、「親パレスチナ≠親ハマス」「反イスラエル政府≠反ユダヤ」という面を強調している。これがイスラエル政府の反論を誘発した(Have you been sleeping the past week Gigi? Or are you just fine turning a blind eye to Jewish babies being butchered in their homes? Your… | Instagram)。
※以下の画像も参照。出典:Gigi Hadid posts in support of Palestinians, as Israeli government addresses her directly | The Independent State of Israel vs Gigi Hadid: 'Have you been sleeping in the last week?' (ynetnews.com)
イスラエル政府公式アカウントは、「ハマスによるイスラエル人に対する虐殺には微塵の正当性もない。ハマス糾弾は反パレスチナではないし、イスラエルによるテロリスト掃討を支持することは正当である」と述べている。これにさらに、凄惨な殺戮の現場の画像とともに、「これを非難しないならばあなたの言葉は無意味だ」と厳しい糾弾が続く。
上記のようにハディッドは、ハマスを名指しはしないまでも、そのテロ行為を明確に批判していた。「親パレスチナ≠親ハマス」「反イスラエル政府≠反ユダヤ」のストーリーズ投稿だけを見ると、ハディッドがハマスのテロ行為には沈黙しているように見えるが、それは彼女の真意ではない。もっとも、ハディッドが簡潔で目につきやすいストーリーズ投稿でハマスのテロ行為に触れなかったのは事実なので、これをイスラエル政府公式アカウントが批判のターゲットとしたのも無理はない。
本ブログの別の投稿(グテーレス国連事務総長の声明 - encyclios disciplina (hatenablog.com))でも指摘した通り、イスラエル政府はユダヤ人に対するハマスによる今回の虐殺(massacre)を、ユダヤ人およびユダヤ国家の存続にかかわる、ホロコーストにも匹敵する事態と捉えている。したがって、今回の虐殺に触れなかったり、あるいは単なる「攻撃(attack)」などのような無害化させた表現を行うことに対し、最も強い言葉で批判する。これはイスラエル政府のこの間の首尾一貫した姿勢で、国連の高官であろうと、特定の出自・政治的背景を持つタレントであろうと、発信に影響力をもつ相手であればまったく変わらない。
平和を破壊する戦争か、平和を回復する戦争か
ユヴァル・ノア・ハラリの第四の論考。彼の足場がこれで固まったという印象を受ける。
Opinion | Hamas is winning the war, with Israel’s help - The Washington Post
戦争は別の手段による政治の延長であるという、クラウセヴィッツの命題に沿って、ハマスとイスラエル双方の「戦争」の政治目的が検討されている。
ハマスは、中東和平(さしあたりはイスラエルとサウジアラビアの国交正常化)を阻止し、平和そのものを無に帰し、原理主義の教条通りに、彼らにとっての完全な正義をあらゆる手段によって実現しようとする。原理主義者にとっては死さえも神の祝福であり、彼らにとって俗世の平和は無意味である。
一方、イスラエル側には目下、明確な戦争の政治目的がないという。短期的にハマスを掃討することが掲げられてはいるものの、このまま軍事衝突をエスカレートさせれば、かえってハマス側の戦争の論理にはまり込み、彼らに勝利をもたらしかねないという。イスラエル軍の空爆と侵攻が多くの犠牲者をもたらすことで中東和平が不可能となれば、それこそまさにハマス側が目指していたことに他ならないからである。
ハラリは、イスラエル側はハマスとは違う政治目的を立ててこの戦争に臨まなければならない、と主張する。それは平和と人間性への信頼を破壊するのではなく、これらを回復する、という目的である。
そのための手段は何か。ハラリはこの論考で初めて、ガザ地区のパレスチナ人を救うための具体的手段に言及した。エスカレートする事態に少しでもブレーキをかけるための手順として、人質の即時無条件解放と並んで、エジプトでガザ地区市民を受け入れる、またはそれが困難であれば、赤十字を通じてまずはイスラエル市民の人質を受け入れ、その後、やはり赤十字を通じてイスラエルでガザ地区市民の避難所を設けて受け入れる、という提案である。これはかなり踏み込んだ、そしてイスラエルの政治的責任にも言及している点で、覚悟の要る提案である。
これは、直接には言及されていないが、イスラエル市民の人質解放とガザ地区市民のイスラエルでの保護とのバーターとも受け取れる。平和と人間性への信頼を損ねようとするハマスに対し、平和と人間性への信頼を回復するという政治目的でもって正面から対決するという意志表明ともなりうる。
アブラハム合意
2020年の8月から9月にかけて、アメリカ(トランプ政権)の仲介により、イスラエル、アラブ首長国連邦、バーレーンが平和条約を締結したが、これを関係国に共通する「アブラハムの宗教」(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)に因んでアブラハム合意(Abraham Accords)と呼ぶ。
The Abraham Accords - United States Department of State
旧約聖書ではわずかしか触れられていないため、わかりにくくなっているが、ユダヤ教、イスラームの伝統のなかでは、高齢になるまで子に恵まれなかったアブラハムが(妻のサラが連れてきた)女奴隷のハガルに産ませたイシュマエルは、アラブ人の始祖とされている。
このアブラハム合意、「宗教の自由を含む人間の尊厳と自由の尊重。相互理解と共存に基づく、中東と世界の平和の維持と強化の重要性を認識する」「「アブラハムの宗教」と全人類の平和の文化を広めるため、宗教・異文化対話の促進を努力する」など、(レッシングの『賢者ナータン』をも連想させる)きわめて理念的な内容を含んでいる。この合意のもつ政治外交上の重要性にあらためて注目を促す記事。
アブラハム合意はエジプト、ヨルダンに続くイスラエルの平和条約だが、これは筆者によれば、米国と協調可能でイランやイスラーム原理主義諸勢力を抑制する穏健なアラブ諸国ブロック(pro-American bloc that includes Egypt, Israel, moderate Arab countries and Saudi Arabia, which could counterbalance Iran and fight the global threat of radical Islam)の要石だという。
このアブラハム合意を中心とするアラブ諸国のイスラエルとの連帯が水泡に帰す危険性があるという意味でも、イスラエルによるガザ地区への全面侵攻は避けるべきだ、としている。