明治維新の思想(1)

こんにちは(とくに「専門演習Ⅰ」〔「ゼミⅠ」〕履修生の皆さん)。

ゼミⅠでは今年、まずは市井三郎著『明治維新の哲学』(1967年)を読むことにしました(文庫版『思想からみた明治維新』)。市井三郎氏はイギリス哲学の紹介をはじめ、非常に広範な仕事を残した哲学者ですが、個人的にはハンス・ライヘンバッハの名著『科学哲学の形成』の訳者しての印象が強いです。

 出版年から分かるように、本書は明治維新100年のタイミングに合わせて書かれました。当時は70年安保闘争を中心とする学生運動全共闘運動)のさなかにありました。今年は明治維新150年。一々フォローすることはできませんが、地元(下関)ではいろいろと関連イベントが開催されています。

関連する研究書も大量にありますね。これも可能な範囲でしか触れることはできません。ともかく、ゼミでは「思想」の観点から明治維新に迫ってみたいと思います。

さて、詳細は学生の皆さんに報告してもらうとして、ここでは概観を少しだけ。

明治維新にアプローチする場合、やはり内政と対外関係の両面が必要になると思います。さしあたり、それぞれを分けながら、かつ、両者の密接な関連を探るということになるでしょうか。

この点、本書は「一世紀まえの先駆者」として山県大弐『柳子新論』(1759年)に触れ、その核心が「人民主義」にあるとしたうえで、その思想が幕末の志士たちに受け継がれていったという見立てで書かれています。

幕末維新の内政に目を向けると、巨大な消費者集団としての武士階級の貧困化が目に留まります。貨幣経済とともに町人階級が実質的権限を獲得します。農民一揆も増大・激化していきます。

幕藩体制下の日本では、オランダとの交易を通じほそぼそと西洋の知識が取り入れられてはいましたが、19世紀になると、欧米列強のアジア進出の波が日本にも押し寄せます。とくに大きな衝撃を与えたのがアヘン戦争(1840-42)であったことはご存じのとおりです。

水野忠邦天保の改革を初め、幕政改革が行われますが、市井がとくに注目するのは(徳富蘇峰が「優柔不断」「八方美人」と酷評した)阿部正弘です。彼の手腕についての市井の叙述は本書の目玉の一つです。

「正弘が生きながらえさせた松陰や象山」(4章末)が維新の思想的支柱となるのですが、彼の後台頭した井伊直弼の弾圧政策、これに対する反撃としての桜田門外の変、さらに欧米列強の力を目の当たりにすることになった薩英戦争、下関戦争を経て、事態は急激に倒幕へ向かっていきます。

同じ開国でも、阿部の日米和親条約から井伊の日米修好通商条約にかけて対外関係の質が大きく変わり、これが当初の穏健改革を不可能にしたとも言えるでしょう。

こうした点に注目しながらテキストを読んでいきましょう。

記:管理人(桐原隆弘・教員)