文化産業の支援策が求められている

コンサートもオペラも演劇も比較的安価、平日夕方も上演しているので仕事帰りに鑑賞できる…ドイツの音楽・演劇文化がこのように日常生活に溶け込んでいるだけに、このたびの新型コロナウイルスによる文化活動の停止は、芸術・文化関係者にとってはもちろんのこと、市民一人ひとりにとっても大きな打撃であろうと推察されます。

すでに複数の識者が指摘しているように、そのドイツで大規模な芸術家支援(財政支援)策が打ち出されています。

3/11 ドイツ文化大臣「フリーランスの芸術家への無制限の支援」を言明 – JazzTokyo

1兆円の拠出も。新型コロナでイギリスやドイツなど各国が文化支援を続々発表。「誰も失望させない」|美術手帖

浜矩子「アートは生命維持に必要とするドイツ文化相 日本政府には分かるまい」 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

最初の記事で粂川麻里生氏が言及しているように、「会見の中でグリュッタース文化相は「文化事業の経済的な重要性」にも言及し、「文化産業は2018年には1055億ユーロ(約12兆6000億円)を生産しており、化学産業、エネルギー産業、金融業よりも大きな業界である」ことも強調した」ことは重要かと思います。

「クリエイティブな人々のクリエイティブな勇気は危機を克服するために役に立つ。……アーティストは……生命維持に必要なのだ」(グリュッタース文化相;浜矩子氏の記事での引用)という面がもちろん最重要なのですが、そうであればあるだけ、文化を「産業」としても維持していく必要があります。

ドイツの場合、文化・芸術の裾野の広さがきわめて特徴的です。たとえば音楽大学が近隣にあると、大学内や、他大学のキリスト教会関係施設などで、音楽学生の無料(!ただしカンパあり)コンサートが定期的に開かれ、音楽文化の普及と、学生自身の技術向上にも一役買っています。鑑賞者の立場からも、学生等の身分ではこうした機会がとてもありがたいわけですが、一般市民もコンサートやオペラ、演劇などが安価ですから頻繁に鑑賞できるわけです。ホールおよびホール周辺の飲食店街は社交の場ともなっています。

このように街に文化・芸術が根付き、若い世代から高齢者まで広く日常生活に浸透していることが、文化の「産業」としての重要度を非常に高めているといえるでしょう。

さてこの文化相(Staatsministerin für Kultur und Medien)、モニカ・グリュッタースさん(Monika Grütters, 1962-)は、CDU(キリスト教民主同盟)所属の連邦議会議員の経歴もあり、文化マネジメント、文化政策の専門家でいらっしゃるようです。ボンの国立オペラ劇場、ベルリン技術博物館等で実務経験を有し、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリン(「新ウィーン学派」の一人としても知られ旧東ドイツで活動した作曲家ハンス・アイスラーにちなんで改称された旧東ベルリンの音楽大学)では、文化マネジメントの講義を担当したそうです。

Monika Grütters – Wikipedia

支援策の概要は以下で説明されています。

Bundesregierung | Coronavirus in Deutschland | Hilfen für Künstler und Kreative

その中では次のような声明が出されています。ドイツ在住の芸術家のみなさんにとってはとても心強いのではないでしょうか。

この危機において、連邦政府は芸術家を支援し、文化機関の未来を確保するためにあらゆる努力をしています。すでに承認されている援助資金や、各省庁で取り組んでいる他の支援策は、セーフティネットを強化しています。このたびの緊急事態に際しては、コロナの蔓延の結果として収入を失う人々を補償することを目的としています。文化大臣モニカ・グリュッタースは危機に直面するアーティストを支援するために集中的に取り組んでいます。

 

このために利用できる資金は、ドイツの文化インフ​​ラと文化生活の保全への重要な投資です。一度失われたものは、それほど速く再構築することはできません。したがって、文化機関や文化施設を維持し、芸術や文化によって生計を立てる人々の生活を確保することは、今後数週間および数か月にわたって文化政策上、最優先事項となります。

Google翻訳を一部修正)

とくに「一度失われたものは、それほど速く再構築することはできません」という認識のもと、「文化機関や文化施設を維持し、芸術や文化によって生計を立てる人々の生活を確保することは…文化政策上、最優先事項となります」と結論付けるところは、財政支援の「理念」に当たるところかと思われます。こういうところに、文化・芸術が生活に不可欠のものとして浸透し、市民の幅広い支持が得られていることがあらためてうかがえます。

具体例としては、復活祭(4/12;本日!)までに、「クラシック、ジャズ、ロック、ポップス、いずれのジャンルの垣根も超えて、2,500名の申請者に一律400ユーロを支払う」という支援策があるようです。唯一の条件は「芸術家社会保険」(Künstlersozialversicherung – Wikipedia)に加盟していることだそうです。

Spendenaufruf der Deutschen Orchester-Stiftung: Monika Grütters und Kirill Petrenko helfen Musikern in Not - Kultur - Tagesspiegel

行政主導ではないかたちでも寄附、基金などさまざまな支援策が打ち出されています。そのなかでシンガーソングライター、 Sebastian Niehoffは"Zusammenstehen"という曲の全収入をDEUTSCHE ORCHESTER STIFTUNGに寄付することにより、彼自身と同様のフリーランサー楽家を支援すると表明しています。

www.youtube.com

リフレイン部分の歌詞はとても力強く、率直な表現となっていますので、紹介します。

Wir können etwas schaffen, wenn wir als Menschen
das Große und Ganze sehen -
und in den Kampf gehen gegen das Virus,
weil wir alle zusammen stehen!

Es geht ein Gespenst um die Welt
und es ist scheißegal, ob arm oder reich,
ob schwarz oder weiß...
Jedes verlorene Leben ist ein zu hoher Preis!

Auch wenn es droht, daß es alles auseinander reisst,
könnt´ es sein, daß es uns alle zusammenschweißt.

Ich glaube an das Gute und ich hör´ damit nicht auf!